旧菅野家住宅離れとは

旧菅野家住宅離れは、岩手県気仙郡住田町世田米にある明治43年(1910年)建築の木造2階建で、平成29年(2017年)5月2日に国の登録有形文化財に登録された。旧菅野家住宅の主屋の東に連なり、棟を東西に通して建つ。

屋根は入母屋造の瓦葺で、建築面積は52平方メートル。昭和20年(1945年)頃と平成28年(2016年)に改修を受けている。建てられた当初は人の住まいではなく、蚕を育てる養蚕のための建物だった。

旧菅野家住宅離れが登録された理由

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、登録番号は03-0093。文化庁の解説は、旧菅野家住宅離れについて2つの点を挙げる。建築の年代がはっきりしていること、そして敷地の使われ方が移り変わってきた跡を示していることである。

養蚕の施設として建てられた棟が、のちに座敷をもつ離れとして使われるようになった。通りに面した主屋、奥に並ぶ土蔵に加えて、繭の仕事を支えた建物が屋敷の中に組み込まれていた点に、商家の敷地の変化が表れている。

年代には注意がいる。文化庁のデータベースは年代欄を「明治43年」とする一方、西暦欄には「1990」と記している。明治43年は1910年にあたり、西暦欄は入力の誤りとみられる。

旧菅野家住宅離れの見どころ

最初に確かめたいのは1階の天井の低さである。文化庁によれば、1階は階高を低く抑え、天井は根太天井とする。根太天井は、2階の床板を支える根太を下から見せたままにした天井で、板を張って隠す手間をかけていない。蚕棚を並べる作業場にはそれで足りた。

間取りは1階と2階で同じ形を繰り返す。どちらの階も8畳の座敷と6畳間の2室を並べ、内縁を南から東へ矩折れに回す。縁は壁沿いにまっすぐ抜けずに角で直角に曲がり、南と東の2面を囲む。

1階の低い天井と、その上に同じ間取りで重なる2階。上下を見比べると、作業の建物として始まった旧菅野家住宅離れの成り立ちがつかみやすい。

旧菅野家住宅離れの見学

旧菅野家住宅離れは「まち家世田米駅」の建物の一部で、主屋の東に続いている。町や施設の案内には、離れの部屋が何に使われ、いつ入れるかは示されていない。内部を見たいときは、開館日に受付で尋ねるのが確実である。

撮影の可否も町の案内に記載がないので、その際にあわせて確かめておきたい。開館時間と交通は旧菅野家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q旧菅野家住宅離れはいつ建てられましたか?
A明治43年(1910年)の建築で、昭和20年(1945年)頃と平成28年(2016年)に改修されました。登録有形文化財への登録は平成29年(2017年)5月2日です。
Q旧菅野家住宅離れはもともと何の建物でしたか?
A養蚕のための施設として建てられました。1階の階高が低く、根太天井としているのはその名残です。
Q旧菅野家住宅離れの間取りは?
A1階・2階とも8畳の座敷と6畳間の2室を並べ、内縁を南から東へ矩折れに回しています。
Q旧菅野家住宅離れの建築年が資料によって1990年となっているのはなぜですか?
A文化庁のデータベースの西暦欄が「1990」となっているためです。年代欄は明治43年で、これは1910年にあたります。西暦欄は入力の誤りとみられます。
Q旧菅野家住宅離れの中は見学できますか?
A離れの部屋の公開状況は案内に示されていません。まち家世田米駅の開館日(水曜休館)に受付で尋ねてください。

基本情報

名称旧菅野家住宅離れ(きゅうかんのけじゅうたくはなれ)
所在地岩手県気仙郡住田町世田米字世田米駅13-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成29年(2017年)登録
員数1棟
寸法木造2階建、入母屋造、瓦葺、建築面積52平方メートル
所有者文化庁データベースに記載なし(施設は住田町の住民交流拠点施設)
公開状況まち家世田米駅の建物の一部(水曜休館)。内部公開の有無は受付で確認

参考文献

旧菅野家住宅離れ(文化庁 国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011439
旧菅野家住宅離れ(文化遺産オンライン)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/294150
住民交流拠点施設「まち家世田米駅」(住田町)
https://www.town.sumita.iwate.jp/docs/2016051300011/

最終更新日: 2026.09.30