真鍋家住宅茶室

真鍋家の敷地の南西隅に、登録された建物のなかでもっとも小さく、そしてもっとも遅く建てられた一棟がある。茶室である。建立は大正三年(一九一四)頃。明治を通じて着実に姿を整えてきた屋敷が、最後に迎えた増築だった。この頃には主屋も土蔵も門も長い塀もすでにそろっており、残されていたのは、茶の点前という緩やかな時間のための場所であった。

建物は建築面積およそ二五平方メートルと小ぶりだが、造りは丁寧である。屋根は入母屋造の桟瓦葺、庇は銅板で葺く。西面は白漆喰の大壁仕上げとし、これが敷地の外塀とそのまま連続する。外の小道から見ると、茶室は独立した離れというより、屋敷の外縁の一部として立ち現れる。

登録の理由と価値

茶室は平成二九年(二〇一七)五月二日、登録有形文化財となった。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。この位置づけは重要である。単独の建築的な華やかさより、四〇年をかけて築かれた一つの完結した屋敷群のなかでの役割が評価された。その群に最後に加わった一棟として、茶室は、豊かな農家が仕事と住まいのための普請から、文化と遊びのための普請へと歩を進めた瞬間を刻んでいる。

かつて武家や商人のものであった茶の湯は、二〇世紀の初めには地方の上層へと広がっていた。農家の屋敷に専用の茶室を構えるということは、実利を生まない一つの芸事に空間と費用と職人の手間を割けるだけの、家の自負を示している。真鍋家の茶室は、地方の暮らしに起きたその変化を告げる、小さくはっきりとした標である。

見どころ

内部は四畳半と二畳の二室を矩折に配し、その間を水屋でつなぐ。水屋は茶道具を洗い、支度をする場である。直角に折れた配置によって二つの空間は順を追って働き、亭主と客を一つの箱に押し込めるのではなく、寄合の流れに沿って導いていく。

外からは、素材の取り合わせに目を向けたい。時を経て柔らかな茶や緑に落ち着いた銅板の庇、きりりとした白漆喰の西壁、そしてその壁が庭を囲うより高い外塀へと組み込まれていく様子。茶室が外周の塀そのものから生まれていることは、真鍋家が屋敷を一つの設計された囲いとして考えていたことを教えてくれる。当住宅は個人の住まいであり、内部の見学はできない。西面は塀沿いの小道から眺めるのがよい。

Q&A

Q茶室はいつ建てられましたか。
A大正三年(一九一四)頃です。敷地内の建物のなかで最後に建てられた一棟で、平成二九年(二〇一七)に登録有形文化財となりました。
Q内部はどのような造りですか。
A四畳半と二畳の二室を直角に折れる形で配し、その間を茶道具を支度する水屋でつないでいます。
Q農家に茶室があるのはなぜ注目されるのですか。
A専用の茶室を構えることは、農家が仕事や収納だけでなく、余暇と茶の湯のために建てる富と文化的な自負を持っていたことを示すからです。
Q屋敷の塀とどう関わっていますか。
A白漆喰の西壁が敷地の外塀とそのまま連続しており、茶室は小道に沿った屋敷の外縁の一部を成しています。

基本情報

名称真鍋家住宅茶室(まなべけじゅうたくちゃしつ)
所在地香川県高松市林町字宮西58-1
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録日 平成29年5月2日/登録番号 37-0421
年代大正3年(1914年)頃
構造・員数木造平屋建、瓦葺、建築面積約25㎡/1棟
見学個人所有につき常時公開なし。外観は隣接する小道から見学可。

References

国指定文化財等データベース — 真鍋家住宅茶室(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011576
香川県内の登録有形文化財 — 香川県教育委員会
https://www.pref.kagawa.lg.jp/kenkyoui/shogaigakushu/bunkazai/culturalassets/culturalassets_16.html
指定文化財(建造物) — 高松市
https://www.city.takamatsu.kagawa.jp/kurashi/kosodate/bunka/bunkazai/shiteibunkazai/kenzo/index.html

最終更新日: 2026.07.11