間口七メートル ―― 城下町の町家が守った寸法

増井家住宅主屋は、香川県高松市扇町にある明治40年(1907年)建築の町家で、平成21年(2009年)に国の登録有形文化財となった建造物である。

間口は7.0メートル。この数字が建物の性格をほぼ説明してしまう。城下町では敷地の間口が課税や町割の基準になったため、商家は幅を詰めて奥へ伸びる敷地を選び、部屋を前後に連ねて住まいを構えた。増井家もその原則どおりで、北の通りに面する顔は小さく、身体は南へ長い。建築面積は131平方メートルと記録されている。

通りに向く壁面の上部は黒漆喰仕上げで、そこに虫籠窓を穿つ。縦の格子ごと漆喰でくるんだ窓なので、外からは太く丸みを帯びた縦棒が並んでいるように映る。その下、地面に近い高さには出格子窓が歩道側へ張り出し、低い下屋庇がこれを覆う。屋根は切妻造で、葺くのは本瓦。平瓦と丸瓦を組み合わせるこの葺き方は、町家のなかでも格の高い家に許された仕様だった。

なお構造の記載には食い違いがある。文化庁の国指定文化財等データベースは「木造平屋建」と記す一方、同じデータベースの解説文は「木造つし2階建」とする。つし2階は屋根裏に設けた天井の低い中間階で、立って歩くには足りず、物置や乾燥のために使われた。これを階として数えるかどうかで表記が分かれる。町家という形式が近代の建築分類にうまく収まらないことの、小さな証拠でもある。

「指定」ではなく「登録」であること

日本の建造物保護には二つの制度が並走しており、増井家住宅主屋は軽い側に属する。重要文化財や国宝への指定は対象を絞った強い規制で、所有者は手厚い補助を受ける代わりに、手を加える自由をほとんど失う。これに対し登録制度は、平成8年(1996年)の文化財保護法改正で設けられた別の答えだった。明治・大正・昭和初期の、国宝候補にはならないが失われれば街並みが空洞化する建物が、急速に姿を消していたためである。

登録有形文化財では、所有者は建物を使い続けたまま、外観に大きく手を入れる際に届け出をすればよい。税の軽減や修理への支援もある。保護の力は弱いが、相続した家に暮らす個人が現実に受け入れられる制度になっている。

増井家住宅主屋の登録年月日は平成21年4月28日、告示は同年5月14日、第63回登録にあたる。登録番号は37-0323。登録基準は「造形の規範となっているもの」で、形式や細部がその類型をよく代表する建物に適用される区分である。同じ敷地の書院(37-0324)と茶室(37-0325)も同日に登録された。

この三件の年代を並べると、意外な順序が見えてくる。主屋の東に接する書院は江戸末期、西暦でいえば1830年から1867年の間の建築とされる。主屋より少なくとも四十年古い。明治40年に主屋が建つ前、この敷地の前面に何が建っていたかは分からないが、新しい主屋は、すでに二世代を経ていた座敷棟に取り付くようにして建てられたことになる。

通りから読める部分、読めない部分

内部は個人の住まいで公開されていないため、見られるのは道路から仰ぐ正面だけである。もっとも町家の正面とは、もともと通行人に読まれるための面だった。少し離れて全体を視野に入れると、下から上へ順序が追える。

まず出格子。竪子の間隔が狭く、外から見ると内側は暗く沈む。ところが室内側からは同じ格子越しに、近づいてくる人の姿がよく見える。この非対称が目的だった。店を構える者は、道に見られずに道を見たい。

その上の黒漆喰。漆喰は本来白いもので、黒くするには松煙や墨を上塗りに混ぜ、磨き上げる手間がかかる。当然費用も増す。防火性と家の格を示す仕上げであり、午後の斜めの光を受けると、白壁には出ないわずかな艶が浮かぶ。

続いて虫籠窓、切妻の妻面、そして主屋根と下屋庇の取り合い。この屋根の段差が、建物と通りの折衝点にあたる。低い庇が店先と歩く人を覆い、高い屋根が家族を覆う。

道から見えないのは、その裏の平面である。データベースの解説によれば、東側に通り土間が奥まで通り、西側が床上、つまり畳や板を張った居住部にあてられている。昭和23年(1948年)には背面に奥座敷などが増築され、昭和31年(1956年)には改修を受けた。この二つの年代は軽くない。保存された標本ではなく、住み続けられたために手が入った家、ということである。

訪ねる際に

増井家住宅主屋は個人の住宅であり、一般公開されていない。拝観時間も拝観料も設定がなく、内部の見学もできない。文化庁のデータベースには管理団体の記載も公開に関する記載もなく、定期公開の告知も確認できていない。

正面外観は扇町1丁目58-2の公道上から望むことができる。歩道から静かに眺めるにとどめ、敷地内に立ち入ったり、庭や奥の棟をのぞき込んだりすることは避けてほしい。公道からの外観撮影は一般に差し支えないが、屋内や住人にレンズを向けないよう配慮したい。

行き方は難しくない。JR予讃線の昭和町駅から南西へ徒歩10分ほど、JR高松駅からは北東へ約1.3キロ、歩いて20分程度である。扇町は保存地区ではなく現役の住宅・商業地なので、後代の建物の列のなかに不意に現れる。

外から眺めるのではなく実際に上がってみたい場合、高松市内に選択肢がある。約1.7キロ東の史跡高松城跡(玉藻公園)に建つ披雲閣(旧松平家高松別邸)は平成24年(2012年)に重要文化財に指定された近代和風建築で、通常は貸館として使われ、告知された期間に一般公開される。栗林公園の掬月亭は数寄屋造の大茶屋で、畳に座って抹茶と菓子をいただける。入亭は9時から16時30分(受付16時まで)、抹茶800円・煎茶600円、公園入園料は大人500円・小人170円が別途必要。いずれも料金や時間は改定されるため、出かける前に最新の案内を確かめるとよい。

Q&A

Q増井家住宅主屋は見学できますか。拝観時間と拝観料は。
A個人所有の住宅で一般公開されておらず、拝観時間・拝観料の設定はありません。内部の見学もできず、見られるのは公道から望む正面外観のみです。
Q増井家住宅主屋へのアクセスは。最寄り駅からどのくらいですか。
A所在地は高松市扇町1丁目58-2です。JR昭和町駅から徒歩約10分、JR高松駅からは約1.3キロで徒歩20分ほどの距離にあたります。
Q増井家住宅主屋はなぜ重要文化財ではなく登録有形文化財なのですか。
A登録は平成8年(1996年)に設けられた軽い保護制度で、明治期以降の現役の建物を対象とします。所有者は使用を続けたまま外観の大きな変更時に届け出をすればよく、その分だけ規制も保護も指定より弱くなります。
Q増井家住宅主屋の虫籠窓とはどのような窓ですか。
A壁の上部に開く小窓で、縦の格子を漆喰で塗り包むため、太い縦棒が並ぶ独特の見え方になります。増井家では黒漆喰の壁面に穿たれ、その下に出格子窓が張り出しています。
Q増井家住宅の書院や茶室も主屋と一緒に見えますか。
A通りからは見えません。書院は主屋の東に接続し、茶室はその南に建ち、いずれも道路から遮られた内側の庭園に面しています。三棟はいずれも平成21年4月28日に登録されました。

基本データ

名称増井家住宅主屋(ますいけじゅうたくしゅおく)
所在地香川県高松市扇町1-58-2
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 37-0323/登録基準「造形の規範となっているもの」
指定年平成21年(2009年)4月28日登録、同年5月14日告示(第63回登録)
員数1棟
寸法木造、瓦葺、建築面積131平方メートル/間口7.0メートル/明治40年(1907年)建築、昭和23年(1948年)増築、昭和31年(1956年)改修
所有者個人(文化庁データベースに所有者名の記載なし)
公開状況非公開。外観のみ公道から見学可

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 増井家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007695
文化遺産オンライン 増井家住宅主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/120767
国指定文化財等データベース(文化庁) 増井家住宅書院
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007696
国指定文化財等データベース(文化庁) 増井家住宅茶室
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007697
香川県教育委員会 香川県内の登録有形文化財
https://www.pref.kagawa.lg.jp/kenkyoui/shogaigakushu/bunkazai/culturalassets/culturalassets_16.html
高松市 重要文化財 披雲閣(旧松平家高松別邸)利用案内
https://www.city.takamatsu.kagawa.jp/kurashi/kurashi/shisetsu/park/tamamo/bunzai2018080716.html

最終更新日: 2026.07.30