大森醤油醸造所槽場及び操作場:小豆島最古の醤油蔵が伝える大正期の醸造遺産

瀬戸内海に浮かぶ小豆島の北岸、静かな港町・大部(おおべ)。この穏やかな集落に、100年以上の歳月を刻んだ一棟の木造建築が佇んでいます。大森醤油醸造所槽場及び操作場(おおもりしょうゆじょうぞうしょ ふなばおよびそうさば)は、国の登録有形文化財に指定された大正時代の醸造施設であり、小豆島が誇る醤油文化の生きた証です。

この建物は、屋号「ヤマトイチ」として知られる大森醤油醸造所の一部です。弘化元年(1844年)に創業したヤマトイチは、小豆島で最も古い歴史を持つ醤油醸造所として、180年以上にわたり醤油づくりの伝統を守り続けてきました。

小豆島と醤油の400年

小豆島の醤油づくりは、約400年前の文禄年間(1592〜1595年)にさかのぼります。大坂城築城のために石材を切り出しに訪れた諸大名の採石部隊が、調味料として紀州・湯浅で造られた醤(ひしお)を持参したことがきっかけでした。この醤に興味を持った島民たちは、湯浅まで醸造技術を学びに行き、その技法を島に持ち帰りました。

温暖で乾燥した気候は麹の発酵に最適であり、古くから塩田で良質な塩が採れたこと、さらに瀬戸内海の海上交通の要衝として大豆や小麦などの原料を容易に調達できたことなど、小豆島には醤油製造に適した条件がいくつも揃っていました。明治初期には最盛期を迎え、島内には約400軒もの醤油醸造所が軒を連ねていたと伝えられています。

ヤマトイチ:島で最も古い醤油の蔵元

大森家が醤油醸造業を始めたのは弘化元年(1844年)のこと。以来、ヤマトイチは小豆島最古の醤油蔵として、大部の地で代々醤油づくりを続けてきました。

醸造所の敷地には複数の建物が残されており、そのうち3棟が平成16年(2004年)3月2日に国の登録有形文化財として登録されています。槽場及び操作場(大正期)、仕込蔵(明治期)、麹庫(大正期)の3棟であり、麹の培養から仕込み、圧搾に至るまでの醤油醸造の全工程を物語る貴重な建築群です。

現在は6代目の大森勝輔さん・吉子さんご夫妻が蔵を守っています。昭和51年(1976年)の台風により蔵に土砂が流入し、代々受け継いできた木桶の醪(もろみ)が失われるという困難に見舞われましたが、現在は島内の金大醤油に仕込みを委託し、出来上がった醤油をブレンドすることでヤマトイチ伝統の味を再現しています。

槽場及び操作場の建築的特徴

槽場及び操作場は、麹庫の東方に位置する東西棟の木造平屋建てです。桁行5間(約9メートル)、梁間3間(約5.4メートル)の規模で、切妻造・桟瓦葺の屋根を持ちます。

北面には桁行5間・梁間1間半の旧釜場(かまば)が付設されています。かつてはここに圧搾後の醤油を加熱処理するための設備が置かれていました。内部の小屋組は登り梁式(のぼりばりしき)を採用しており、重厚な圧搾設備の据え付けに適した広々とした空間を生み出しています。

外観は小豆島の醤油蔵に共通する意匠を見せています。腰部分は縦板張りとし、長年の醤油の蒸気にさらされて深い飴色に染まっています。上部には「いわく窓」と呼ばれる横連子窓が設けられ、圧搾工程に不可欠な温度・湿度の調整のための自然換気を担っています。北面には湾曲した庇持送り(ひさしもちおくり)が用いられ、実用的な産業建築に優美な表情を添えています。

建築面積は103平方メートル。大正期の建築家たちが、醸造の実務的な要求と丁寧な建築技術をいかに調和させていたかを伝える好例です。

なぜ文化財に登録されたのか

大森醤油醸造所槽場及び操作場は、平成16年(2004年)3月2日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。登録有形文化財制度は、平成8年(1996年)の文化財保護法改正により創設されたもので、急速な近代化の中で失われつつある近代建築を幅広く保護することを目的としています。

この建物が登録された主な理由は、大正期の醤油醸造に特化した産業建築として高い保存状態を維持していることにあります。登り梁式の小屋組やいわく窓と呼ばれる換気用の横連子窓など、醤油醸造に必要な環境条件を深く理解した上で設計された伝統的な建築技法は、全国的にも希少になりつつあります。

さらに、小豆島最古の醤油蔵の一部として、大部地区の歴史的景観を構成する重要な要素でもあります。仕込蔵や麹庫と合わせて、伝統的な醤油醸造の全工程を伝える建築群として、その文化的価値が高く評価されています。

見どころと魅力

大部地区を訪れると、醤油蔵特有の黒い板壁が連なる風情ある街並みを楽しむことができます。大部港周辺にはかつて複数の醤油醸造所が立ち並んでおり、往時の繁栄を偲ばせる趣深い景観が残されています。

醸造所に隣接して、大森家が営む「蔵ギャラリー&カフェ」があります。歴史ある醤油蔵の一部を改装したこの空間では、醸造所の雰囲気を感じながらくつろぎのひとときを過ごすことができます。カフェ内のテーブルには、昭和51年の台風で被災した木桶の底板が再利用されており、醸造の歴史を今に伝えるユニークなインテリアとなっています。

ヤマトイチの商品ラインナップも見逃せません。伝統を守りながらも新しい味に挑戦する姿勢が特徴で、定番の本醸造醤油のほか、小豆島産オリーブを使ったオリーブ醤油、だいだい醤油、梅かつお醤油、たまごかけ醤油など、独創的な商品が揃っています。お土産にもぴったりの逸品です。

周辺情報

大部地区には、ヤマトイチのほかにも「やまひら醤油」や「フジダイ醤油」といった歴史ある醤油蔵が残っています。観光客で賑わうエリアとは異なる、静かで素朴な島の暮らしに触れることができる場所です。

小豆島全体に目を広げれば、見どころは尽きません。島の南東部にある「醤の郷(ひしおのさと)」は、20軒以上の醤油蔵や佃煮工場が軒を連ねるエリアで、経済産業省の近代化産業遺産にも認定されています。マルキン醤油記念館では、大正初期の合掌造り工場を改装した展示で醤油の歴史を学ぶことができます。

自然を楽しむなら、日本三大渓谷美のひとつに数えられる寒霞渓(かんかけい)がおすすめです。特に秋の紅葉は見事で、ロープウェイからの眺望は格別です。土庄港近くのエンジェルロードは、潮の満ち引きで現れたり消えたりする砂の道として人気があります。また、小豆島は日本におけるオリーブ栽培発祥の地としても知られ、オリーブ園の散策やオリーブ製品の試食も楽しめます。

アクセス

大森醤油醸造所は、小豆島北岸の土庄町大部地区にあります。小豆島へは各港からフェリーでアクセスできます。

  • 高松港(香川県)から土庄港まで:フェリー約60分、高速船約35分
  • 新岡山港(岡山県)から土庄港まで:フェリー約70分
  • 姫路港(兵庫県)から福田港まで:フェリー約100分
  • 神戸港(兵庫県)から坂手港まで:フェリー約3時間20分

土庄港からは小豆島オリーブバス(北廻り福田線)で「大部」バス停まで約25分。バス停から醸造所までは徒歩圏内です。車の場合は土庄港から県道26号線を北岸沿いに走り、約20分で到着します。

Q&A

Q大森醤油醸造所の内部は見学できますか?
A醸造所の建物は個人所有のため、内部の一般公開は行われていません。ただし、隣接する「蔵ギャラリー&カフェ」では歴史ある蔵の雰囲気を楽しみながら休憩でき、ヤマトイチの醤油製品の購入も可能です。
Q訪問に最適な季節はいつですか?
A小豆島は地中海に似た温暖な気候で、一年を通じて楽しめます。春(3〜5月)は桜が美しく、秋(10〜11月)は寒霞渓の紅葉が見事です。冬も比較的穏やかな気候のため快適に過ごせます。
Q大部地区へのアクセスで注意することはありますか?
A大部地区は小豆島の北部にある静かな集落で、コンビニやスーパーなどの店舗はありません。路線バスは1日に数便と限られているため、事前にバスの時刻を確認するか、レンタカーの利用をおすすめします。
Qヤマトイチの醤油はどこで購入できますか?
A大部の醸造所に隣接する蔵ギャラリー&カフェ、および岡山県備前市の販売所で購入できます。本醸造醤油のほか、オリーブ醤油、だし醤油、たまごかけ醤油など多彩な商品が揃っています。公式サイト(yamatoichi.jp)でも情報をご確認いただけます。

基本情報

名称 大森醤油醸造所槽場及び操作場(おおもりしょうゆじょうぞうしょ ふなばおよびそうさば)
屋号 ヤマトイチ醤油
文化財区分 登録有形文化財(建造物)
登録日 平成16年(2004年)3月2日
建築年代 大正期(1912〜1925年)
構造 木造平屋建、桟瓦葺、建築面積103㎡
創業 弘化元年(1844年)
所在地 香川県小豆郡土庄町大部字浜庄甲3272-1
アクセス 土庄港から小豆島オリーブバス(北廻り福田線)「大部」バス停下車、約25分。バス停より徒歩圏内。
公式サイト https://yamatoichi.jp/

参考文献

大森醤油醸造所槽場及び操作場 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/188770
大森醤油醸造所仕込蔵 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/141311
大森醤油醸造所麹庫 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/195039
小豆島最古の醤油醸造所ヤマトイチ醤油 公式ホームページ
https://yamatoichi.jp/
大森醤油醸造所(ヤマトイチ) - 小豆島醤油協同組合
https://shima-shoyu.com/yamatoichi/
小豆島醤油の歩み - 小豆島醤油協同組合
https://shima-shoyu.com/history/
歴史 – マルキン
https://marukin.moritakk.com/history/
香川しまびより Vol.79 土庄町・小豆島 - FM香川
https://www.fmkagawa.co.jp/2024/09/29/485775.html
それは小豆島で起きていた。舟に乗り、瀬戸内の海を渡る醤油の現場へ - TRiP EDiTOR
https://tripeditor.com/6967

最終更新日: 2026.03.26