大部港へ正面を向けた明治の醤油蔵

やまひら醤油諸味蔵は、香川県小豆郡土庄町大部にある明治40年(1907年)建築の醤油蔵で、平成16年(2004年)3月2日に国の登録有形文化財(建造物)となった。

大部は小豆島の北端にあたる集落である。島の玄関口である土庄港からは海沿いの道を三十分ほど。醸造場の敷地は岸壁から南へ延びており、この建物はその東北端を占めて東西棟に建つ。桟橋を降りた人がまず視界に入れる建物といっていい。

平面が台形になっている。文化庁のデータベースは、北面桁行2間半、南面桁行4間、梁間5間半と記録する。メートルに置き換えれば海側の幅がおよそ4.5メートル、奥の幅が7.3メートル前後、奥行きが10メートル程度で、建築面積は70平方メートル。左右の壁が平行でないのは敷地の形がそうだったからで、明治40年の大工は与えられた境界線にそのまま建てている。

その不整形な床の上に切妻造、桟瓦葺の屋根が架かる。天井裏の小屋組はキングポストトラスである。西洋式のトラスは明治期の官営工場や土木構造物を通じて日本の産業建築に入っていたが、瀬戸内の小島の醤油蔵に採用されている例となると話が別で、地方の醸造家がこの技術を選んだ理由は察しがつく。柱を立てずに変形の平面を架け渡せるからだ。桶を並べる床は広いほうがいい。

この蔵を使い続けているのは山口醤油有限会社、屋号「やまひら醤油」である。明治38年(1905年)に山口平太郎が醤油醸造を始めたのが創業と伝わり、そうであればこの蔵は創業から二年目の普請にあたる。現在は四代目が経営し、三代目が会長を務める。杉桶で一年以上寝かせる仕込みが今も続いているため、この建物は用途を変える機会がなかった。

指定ではなく登録という選択

国宝や重要文化財は「指定」であり、現状変更には国の許可が要る。一方、登録有形文化財は平成8年(1996年)の文化財保護法改正で設けられた比較的新しい枠組みで、明治以降の膨大な建築ストックが評価を受ける前に失われていく状況に対応するために作られた。

登録は所有者に求めるものが軽い。現状変更は許可ではなく届出で足り、税制上の優遇や修理設計監理費の補助を受けられる一方、建物は使われ続けることが前提とされる。明治40年の蔵で今も醤油を仕込んでいる家にとって、この差は制度が使えるか使えないかの差である。

登録番号は37-0201、第41回登録で、登録年月日が平成16年3月2日、告示は同年3月29日。登録基準は三つあるうちの第一号、すなわち「国土の歴史的景観に寄与しているもの」が適用された。この文言は読み方が肝心で、この蔵は珍しいから登録されたのでも、意匠が優れているから登録されたのでもない。この建物がなければ大部の海辺の見え方が変わってしまう、という理由で登録されている。

その理屈が目に見える形で現れているのが外装の扱いである。腰を高く縦板張とし、上部は真壁造として柱を見せる。瀬戸内沿岸の家屋に共通する語彙だが、文化庁の解説文はこの仕上げが「街頭の景観を整えている」と明記している。同じ敷地には大正2年(1913年)の隠居屋と昭和13年(1938年)の土蔵があり、いずれも同日に37-0202、37-0203として登録された。

立って眺めたい細部

まず港の岸壁から北面を正対して見る。妻面は狭く、左右の壁がわずかに違う角度で奥へ逃げていく。片側の壁沿いに歩けば建物が奥へ向かって広がっていくのがわかる。台形平面が体で読める瞬間で、図面を眺めているだけでは起こらない。

次に板壁を見てほしい。黒く焼けた縦板の壁は大部の古い家並みに共通しており、この集落の色をつくっている。板の途切れる高さから上は漆喰と柱の白と木の色で、壁面全体が上へいくほど明るくなる。

それから鼻を使う。仕込みの最中の蔵は控えめではなく、諸味の匂いは小路まで届く。観光協会の紹介文は桶の中で酵母が働く「プチプチ」という音のことを書いており、これは直売所の店先で自分の耳で試せる類の話である。

この敷地と関わる現実的な入口は工場直売所になる。営業時間は9時から17時、日曜が定休で観光シーズンには開くとされ、休業日は会社が営業カレンダーとして公開している。出発前に確認しておくのが無難だ。直売所は大部港から徒歩1分ほど。登録された三棟はいずれも稼働中の私有建築で、内部の常時公開はない。蔵の中を見たい場合は店先で相談するのが筋であり、作業場にカメラを向けるのも一声かけてからにしたい。公道と港から見える外観については撮影の制限は特にない。

大部への移動は計画が要る。対岸の岡山県日生港とを結んでいたフェリーは令和5年(2023年)12月1日で運航休止となり、山陽側からの最短経路が消えた。土庄港から車で三十分前後、福田港から二十分前後。公共交通は小豆島オリーブバス北廻り福田線の大部向町バス停が醸造場のすぐ前だが、便数が限られるので時刻表は丁寧に読んだほうがいい。

同じ海岸沿いを東へ少し歩くと、浜庄甲3272-1に大森醤油醸造所の麹庫と槽場及び操作場がある。ともに大正初期の建築で、やまひら醤油の三棟と同じ日に登録された。大部には醸造を営む家が集まっており、平成16年3月の登録はその集積の形を残そうとした作業だったことになる。島の反対側、小豆島町の馬木・安田一帯には醤の郷と呼ばれる醸造集落があり、ヤマサン醤油やヤマロク醤油の大規模な蔵が同じく登録有形文化財になっている。車で四十分前後の距離で、醤油蔵の建築を目的に来た人なら比較する価値がある。

Q&A

Qやまひら醤油諸味蔵の内部は見学できますか。
A常時の内部公開はありません。稼働中の醤油醸造施設であり、公開に関する告知も出ていません。隣接する工場直売所は9時から17時まで一般に開いているので、蔵の内部を見たい場合はまず店先で相談するのが適切です。
Qやまひら醤油諸味蔵へは土庄港や福田港からどう行きますか。
A車なら土庄港から三十分前後、福田港から二十分前後です。公共交通は小豆島オリーブバス北廻り福田線で大部向町バス停下車、醸造場のすぐ前になります。岡山県日生港と大部港を結んでいたフェリーは2023年12月1日で運航休止のため、島の西側または東側の港からの移動を前提に計画してください。
Qやまひら醤油諸味蔵の構造で注目される点はどこですか。
A二点あります。一つは平面が台形であること。北面桁行2間半に対し南面桁行4間で、敷地の不整形な角に合わせて建てられています。もう一つは小屋組にキングポストトラスを用いていることで、内部に柱を立てずに架け渡せるため、仕込桶を置く床が広く取れます。
Qやまひら醤油諸味蔵は重要文化財ですか。
Aいいえ、登録有形文化財(建造物)です。国宝・重要文化財の「指定」とは別の制度で、平成8年の法改正で設けられました。現状変更が届出で済み、建物を使い続けながら保存できる点が指定との大きな違いです。
Qやまひら醤油諸味蔵の近くに他の文化財はありますか。
A同じ敷地に大正2年の隠居屋と昭和13年の土蔵があり、いずれも登録有形文化財です。徒歩圏の浜庄甲3272-1には大森醤油醸造所の麹庫と槽場及び操作場があり、大正初期の建築でやまひら醤油の三棟と同日に登録されました。

基本情報

名称やまひら醤油諸味蔵(やまひらしょうゆもろみぐら)
所在地香川県小豆郡土庄町大部字浜庄甲3260
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 37-0201、第41回登録/登録基準:国土の歴史的景観に寄与しているもの
指定年登録年月日 平成16年(2004年)3月2日/登録告示 同年3月29日
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積70平方メートル。北面桁行2間半、南面桁行4間、梁間5間半の台形平面。切妻造、桟瓦葺、小屋組はキングポストトラス
所有者国のデータベースに所有者名の記載なし。やまひら醤油(山口醤油有限会社)が使用
公開状況外観は公道および港側から見学可。内部の常時公開なし。工場直売所は9時から17時、日曜定休(観光シーズンは営業)、休業日は会社の営業カレンダーによる。大部港から徒歩1分ほど

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)やまひら醤油諸味蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004036
文化遺産オンライン やまひら醤油諸味蔵
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/180256
やまひら醤油 会社概要・アクセス
https://www.yamahira-soy.com/?mode=f1
小豆島観光協会 やまひら醤油
https://shodoshima.or.jp/sightseeing/detail.php?id=259&c=2
国指定文化財等データベース(文化庁)大森醤油醸造所麹庫
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004039

最終更新日: 2026.07.29