三溪園——横浜に広がる日本建築の野外博物館
横浜・本牧の地に広がる三溪園は、約17万5,000平方メートルの起伏豊かな敷地のなかに、京都・鎌倉・紀州・飛騨など全国各地から移築された17棟の歴史的建造物を、池や渓流、四季の花木とともに巧みに配した日本庭園です。生糸貿易で財をなした実業家であり、茶人・文人としても知られた原富太郎(号・三溪)が、明治39年(1906年)に開園しました。園内の建造物のうち10棟が国の重要文化財、3棟が横浜市指定有形文化財に指定されており、平成19年(2007年)2月6日には庭園全域が国の名勝に指定されています。古建築と自然とが一体となった景観は、近代を代表する庭園のひとつとして高い評価を受けてきました。
原三溪——生糸貿易商にして茶人だった創設者
三溪園を語るうえで欠かせないのが、創設者・原富太郎(1868–1939)の人物像です。原家には婿養子として入り、妻の祖父・原善三郎が興した生糸売込商「原商店」を31歳で継承しました。当時、生糸は日本の輸出品の筆頭であり、まさに国の経済を支える基幹産業でした。三溪は個人商店であった原商店を原合名会社に改組し、近代的な事業経営へと展開していきます。横浜興信銀行(後の横浜銀行)の初代頭取を務めるなど金融界でも活躍し、大正12年(1923年)の関東大震災では横浜市復興会長として私財を投じて街の再建に奔走し、「横浜の恩人」と称えられました。
事業家としての顔と並んで、三溪は詩・書・画・茶のすべてに通じた稀有な文化人でした。横山大観・下村観山・前田青邨ら、日本画の近代を切り拓いた若き画家たちのパトロンとなり、自邸を彼らの制作と交流の場として開放したことでも知られます。本牧の地に造営した庭園は、こうした三溪の美意識をそのまま空間に移したものといってよく、彼自身が「この明媚な風景は創造主のもので、私の所有物ではない」と語り、明治39年の開園当初から広く一般に公開しました。私園のこれほどの公開は、当時としては画期的な試みでした。
移築によって甦った古建築の集積
三溪園のもうひとつの大きな特徴は、園内のほぼすべての歴史的建造物が、もともとは他の土地に建っていたものを移築している点にあります。明治期の廃仏毀釈や近代化のなかで、由緒ある寺院や邸宅の建物が次々に失われていく状況を憂えた三溪は、京都・鎌倉・紀州(和歌山)・飛騨(岐阜)などから貴重な建物を譲り受け、本牧の地に丁寧に移築・復元しました。
その結果、園内には室町期の三重塔から江戸初期の御殿建築、鎌倉期の仏堂、飛騨白川郷の合掌造民家まで、時代も用途も異なる建築が一堂に会することになりました。各建物は単なる展示物として並べられているのではなく、池の対岸からの眺めや、丘陵地の起伏、四季の植栽との関係まで計算しつくされた場所に据えられており、いずれも最初からその場にあったかのような佇まいを見せています。
なぜ国の名勝に指定されたのか
三溪園は、平成19年(2007年)2月6日に国の名勝として指定されました。指定にあたって評価されたのは、個々の古建築がもつ芸術上・学術上の価値だけではありません。移築された建造物が、本牧の自然の地形と一体となり、四季折々の植栽とともに庭園空間としての高い完成度を実現している点が、観賞上きわめて価値の高いものとして認められたのです。すなわち三溪園は、建築の集合体としてではなく、ひとつの作品としての「庭園」として顕彰されたといえます。
園内は、明治39年(1906年)に整備が完了して一般公開された外苑と、大正11年(1922年)に完成した内苑の二つの区域から構成されます。外苑は大池を中心に丘上の旧燈明寺三重塔を借景として取り込んだ景観をもち、内苑はもともと三溪の私的な空間として営まれた区域で、臨春閣などの最も格の高い建築を渓流や池に沿って配しています。雁行形に棟が連なる臨春閣の優美な姿は、京都の桂離宮にも対比される名作と評されてきました。
見どころ——一日では巡りきれない宝物の数々
旧燈明寺三重塔
大池越しに丘上にそびえる三重塔は、三溪園のシンボル的存在です。室町時代初期の建立で、園内最古の建造物。京都府木津川市(旧加茂町)の燈明寺から大正3年(1914年)に移築されました。池に映る塔の姿は、春の桜、秋の紅葉とともに、横浜を代表する風景のひとつとして親しまれています。
臨春閣
重要文化財に指定された数寄屋風書院。紀州徳川家ゆかりの建物と伝えられる江戸初期の別荘建築で、雁行形に連なる三棟の構成と、内部の障壁画の繊細さは、桂離宮と並び称されるほどの完成度を誇ります。内苑の池に面して建ち、各部屋から望む庭園の景は息をのむ美しさです。
旧矢箆原家住宅
飛騨白川郷から移築された18世紀の合掌造民家です。ダム建設により水没する運命にあった建物を、昭和35年(1960年)に三溪園が引き取り、現在の地に組み直しました。重厚な茅葺き屋根、囲炉裏、煤で艶を増した梁など、山深い村落の暮らしの記憶を今に伝えています。
春草廬
安土桃山時代の茶室で、織田有楽斎の作と伝えられます。九つの窓をもつことから「九窓亭」とも呼ばれ、点前座・床の間・客座に多彩な光を取り入れる構成は、茶室建築の名品として広く知られています。
鶴翔閣
原三溪が自邸として明治35年(1902年)に建てた本宅で、横浜市指定有形文化財。平成12年(2000年)に復元整備され、現在は会議や結婚式、文化行事の会場として、また特別公開時に内部を見学できる貴重な建物として活用されています。
四季の花と紅葉
三溪園は、一年を通じて花が絶えない庭としても知られます。2月の梅、3月下旬から4月にかけてのソメイヨシノ・ヤマザクラなど約250本の桜、初夏の花菖蒲や睡蓮、7月から8月の蓮、そして11月中旬から12月中旬にかけてのモミジ・カエデと、いずれの季節も古建築との対比のなかでひときわ美しく映えます。秋には期間限定で紅葉ライトアップが行われ、通常非公開の聴秋閣奥の遊歩道も開放されます。
周辺観光情報
三溪園の隣接地には、横浜市の友好都市である上海市から寄贈された中国式庭園「上海横浜友好園」があり、徒歩でアクセスできます。少し足をのばせば、山下公園、横浜中華街、元町商店街、横浜赤レンガ倉庫、みなとみらい21地区、横浜人形の家など、横浜を代表する観光スポットの数々が広がっています。三溪園からはこれらの各エリアへ市営バスで一本でアクセスでき、午前は三溪園で静かに庭園を散策し、午後は港のにぎわいを楽しむといったプランも組みやすい立地です。
Q&A
- 所要時間はどのくらい必要ですか。
- 園内をひととおり散策する場合は2時間から3時間ほどが目安です。内苑の古建築をじっくり鑑賞したり、茶店で休憩しながら景色を楽しむ場合は3時間以上をみておかれると安心です。無料のガイドボランティアによる日本語の定時ガイドが1日2回(11時/13時30分)、英語ガイドが13時30分から1日1回行われています。
- 園内の写真撮影は可能ですか。
- 個人利用の範囲での写真撮影は可能です。婚礼衣装やコスプレ着用での撮影、複数機材を用いた撮影、商用利用を目的とした撮影については、事前の申請と許可が必要となります。詳しくは三溪園の公式情報をご確認ください。
- いつ訪れるのがおすすめですか。
- どの季節も独自の魅力がありますが、2月中旬の梅、3月下旬から4月上旬の桜、5月下旬から6月の花菖蒲、11月中旬から12月中旬の紅葉が代表的な見頃です。とりわけ秋の紅葉ライトアップは人気が高く、旅程に合えばぜひ組み込みたいイベントです。
- 古建築の内部は見学できますか。
- 旧矢箆原家住宅をはじめ、常時内部を公開している建物が数棟あります。臨春閣や鶴翔閣など、最も格の高い建造物の内部は、特別公開や季節のイベント期間に限り公開されます。最新の公開予定は公式サイトでご確認ください。
- 車いすでも見学できますか。
- 外苑の多くのエリアは車いすでの散策が可能で、正門と南門で車いすを無料で貸し出しています。園内4か所にバリアフリートイレも設置されています。ただし、三重塔のある丘上や内苑の一部には傾斜・段差があるため、スタッフに相談しながら巡られると安心です。
基本情報
| 名称 | 三溪園(さんけいえん) |
|---|---|
| 所在地 | 〒231-0824 神奈川県横浜市中区本牧三之谷58-1 |
| 指定区分 | 国指定名勝(平成19年〔2007年〕2月6日指定) |
| 面積 | 約17万5,000平方メートル(17.5ヘクタール) |
| 創設者 | 原富太郎(号・三溪) 1868年(明治元年)〜1939年(昭和14年) |
| 開園 | 外苑:明治39年(1906年)5月1日 内苑:大正11年(1922年) |
| 古建築 | 園内17棟のうち、国指定重要文化財10棟12棟、横浜市指定有形文化財3棟 |
| 運営 | 公益財団法人 三溪園保勝会 |
| 開園時間 | 9時〜17時(最終入園16時30分) |
| 休園日 | 12月26日〜31日 |
| 入園料 | 大人900円/小学生・中学生200円 (横浜市在住の65歳以上700円・本人確認書類提示) |
| アクセス | JR根岸線根岸駅から市営バスで約10分「本牧」下車徒歩約10分。横浜駅東口・桜木町駅・元町中華街駅などからも市営バス一本でアクセス可能。 |
| 電話 | 045-621-0634 |
参考文献
- 三溪園|文化遺産オンライン(文化庁/NII)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/140304
- 横浜 三溪園 公式ウェブサイト
- https://www.sankeien.or.jp/
- 三溪園の歴史|横浜 三溪園 公式
- https://www.sankeien.or.jp/learn/history/
- 日本庭園|横浜 三溪園 公式
- https://www.sankeien.or.jp/learn/teien/
- ご利用案内|横浜 三溪園 公式
- https://www.sankeien.or.jp/price-service/
- 三溪園|横浜市観光情報サイト
- https://www.welcome.city.yokohama.jp/spot/details.php?bbid=87
- 三溪園|観光かながわNOW
- https://www.kanagawa-kankou.or.jp/spot/90
- 三溪園 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/三溪園
最終更新日: 2026.05.12