北鎌倉の高台に架かる大鐘
円覚寺の山門から東へ、長い石段を登りきった先に鐘楼がある。そこに架かるのが、正安3年(1301年)8月に鋳造された梵鐘である。総高は259.1センチメートル、およそ2.6メートルに及び、鎌倉に現存する梵鐘では最大の大きさを誇る。地元では「洪鐘(おおがね)」の名で親しまれ、「こうしょう」とも読まれてきた。
材は鋳銅。大きく肩を張った笠形の上に高さ54センチの竜頭を据え、鐘身は力強い張りを見せる。上帯には飛雲文、下帯には唐草文が流暢に鋳出され、上方には六段六列に並ぶ乳が巡る。口径は142.4センチ。細部まで目を凝らすと、鎌倉後期の鋳物師が追い求めた均整がそこにある。
国宝に指定された理由
この鐘を寄進したのは、鎌倉幕府第9代執権の北条貞時である。貞時は、円覚寺を創建した8代執権北条時宗の子にあたる。実際に鋳造を手がけたのは、大和権守の称号を持つ鋳物師、物部国光であった。国光は13世紀後半の東国で数々の名鐘を残した名工で、この洪鐘はその代表作に数えられる。
鐘身中央の池の間四区に刻まれた銘は、円覚寺六世で宋から渡来した僧、西澗子曇が撰した。銘文には「皇帝万歳 重臣千秋 風調雨順 国泰民安」とあり、天下の安寧を願う祈りが込められている。四区のうち二区では、大字が籠字(輪郭線で表す手法)で鋳出されており、近づいて見ると手の込んだ細工に気づく。
明治42年(1909年)に重要文化財、昭和28年(1953年)に国宝へと指定された。建長寺の国宝梵鐘、常楽寺の梵鐘とあわせて「鎌倉三名鐘」に数えられ、鎌倉時代の東国における鋳造技術の到達点を示す一口である。
石段の先の伝説と眺め
鐘楼へ至る石段は急で、その険しさゆえに、休日でも頂の鐘楼前は静けさを保っていることが多い。登りきれば鐘楼と弁天堂が建ち、晴れた日には富士山まで見渡せる。
かたわらに建つ弁天堂は、この鐘と弁財天との深い結びつきを示す場所である。伝承によれば、貞時の最初の二度の鋳造はいずれも失敗に終わった。円覚寺の住持の勧めにより、貞時は江の島の弁財天に七日七夜の参籠を重ね、満願の夜に夢のお告げを得たという。告げのとおりに境内の池の底を探ると、竜頭の形をした金銅の塊が見つかり、これを用いた三度目の鋳造でようやく成功したと語り継がれる。あくまで寺に伝わる縁起であって、記録に裏づけられた史実ではないが、この話がこの地の姿を決めた。鋳造の成功を謝した貞時は、江の島の弁財天を円覚寺の鎮守として勧請したのである。
両者の結びつきは深く、江の島の弁財天と円覚寺の弁財天は「夫婦弁天」と呼ばれる。二神が出会うのは、およそ60年に一度の洪鐘祭のときだけで、生涯に一度見られるかどうかという稀な祭礼である。弁天堂のかたわらには2016年に開いた茶屋があり、茶と軽食をとりながら下山前のひと息を入れられる。
鐘が撞かれるのは今では年にわずか数回で、その音を聞ける機会はきわめて少ない。鐘の真下に立つだけでも、訪ねる価値がある。
円覚寺と周辺
円覚寺そのものも、時間をかけて巡りたい寺である。弘安5年(1282年)、北条時宗が元寇(文永・弘安の役)の戦没者を敵味方の別なく弔うために創建した、臨済宗円覚寺派の大本山で、鎌倉五山の第二位に位置づけられる。境内にはもう一つの国宝、舎利殿があるが、こちらは年に数日しか公開されない。名勝に指定された妙香池の庭園が広がり、山内全域が国の史跡となっている。
寺は北鎌倉駅から徒歩約1分。周辺の見どころと組み合わせやすい立地である。6月の紫陽花で知られる明月院は徒歩圏内にあり、もう一口の国宝梵鐘を擁する建長寺へは、さらに15分ほど歩けば着く。鐘の縁起に心を引かれたなら、別の日に江の島の弁財天を訪ねるのもよい。電車と江ノ電を乗り継いで向かえる。
Q&A
- 洪鐘は間近で見られますか。
- 山門の東、急な石段を登った鐘楼に架かっており、拝観料の範囲で見学できます。
- 鐘の音は聞けますか。
- 撞かれるのは年に数回程度で、聞ける機会は限られます。特別な行事に合わせて訪ねるのがよいでしょう。
- どのくらいの大きさですか。
- 総高259.1センチ、約2.6メートルで、口径は142.4センチ。鎌倉に現存する梵鐘では最大です。
- 洪鐘祭はいつ開かれますか。
- およそ60年に一度です。江の島と円覚寺の弁財天が出会う祭礼で、次回は数十年先になります。
- アクセスを教えてください。
- JR横須賀線の北鎌倉駅から徒歩約1分です。
基本情報
| 名称 | 梵鐘(通称・洪鐘)/円覚寺 |
|---|---|
| 所在地 | 神奈川県鎌倉市山ノ内409 |
| 指定区分 | 国宝(工芸品)。重要文化財指定 明治42年(1909年)、国宝指定 昭和28年(1953年) |
| 制作年 | 正安3年(1301年)8月 |
| 作者 | 物部国光(鋳造)、西澗子曇(撰銘) |
| 寸法 | 総高259.1cm、口径142.4cm、竜頭高54.0cm |
| 材質・員数 | 鋳銅製、1口 |
| 所有者 | 円覚寺(臨済宗円覚寺派) |
| アクセス | JR横須賀線 北鎌倉駅から徒歩約1分 |
| 拝観時間 | 3〜11月 8:00〜16:30/12〜2月 8:00〜16:00(最新は公式サイトで確認) |
| 拝観料 | 大人500円、小中学生200円 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「梵鐘(円覚寺)」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/416
- WANDER 国宝「梵鐘[円覚寺/神奈川]」
- https://wanderkokuho.com/201-00416/
- 鎌倉市観光協会「円覚寺」
- https://www.trip-kamakura.com/place/japanheritage/86.html
- 江の島・鎌倉ナビ「洪鐘弁天大祭」
- https://enokama.jp/feature/7638/
最終更新日: 2026.06.12