角地に東を向いて建つ呉服店
久保呉服店店舗兼主屋は、高知県安芸郡安田町大字安田1849にある大正期(1912年〜1925年)の木造建築で、平成19年(2007年)10月2日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。登録番号は39-0221。
呉服店は反物を扱う商売である。畳の上に生地を広げ、客が柄行きを確かめる。そのためには間口が広く奥行きの浅い、明るい部屋が要り、その部屋は通りに向かって開いていなければならない。この建物はその要求に沿って建てられている。
町のほぼ中心の角地に、東を向いて建つ。桁行6間、梁間4間半。およそ11メートル×8メートルで、建築面積は86平方メートル。屋根は切妻造の桟瓦葺。全体が平屋建で、周囲に二階建の町家が多いなか、この一角だけ空が広く抜ける。
平面は南北にはっきり分かれる。北側が店舗で、間口は4間。通りに面する幅のほとんどを占める。南側が住まいで、トコ付きの座敷6畳と、その隣に次の間4畳半が並ぶ。この二室の南側には縁側が回り、敷地南端の庭に向いている。
この配置は、商家の一日をそのまま図にしたようなものだと思う。通りに接した北で商いをし、庭に接した南で人を迎える。座敷に床を構えてあるのは、帳場ではなくここで応対すべき相手がいたということだろう。
妻側の竪板張が意味するもの
文化庁の登録時の評価は、外観のなかでも一点を名指ししている。妻側の竪板張の外観が、往時の町の姿をしのばせる、という指摘である。
竪板張は装飾のための選択ではない。高知県東部の太平洋岸では、塩気を含んだ風と吹きつける雨が壁面を絶えず痛めつける。漆喰は手入れを怠れば持たない。竪に張った板なら、水は木目に沿って下へ流れ、傷んだところは一枚ずつ差し替えればよい。内陸の魚梁瀬には西日本有数の杉・檜があり、材には困らなかった。黒い板壁と白漆喰、灰色の瓦という沿岸部の建物の色調は、こうした事情から生まれている。
安田には、そうした建物がまとまって残っている。一軒だけでなく通り単位で残っているところに意味がある。角地では妻面が二方向から丸見えになるため、久保呉服店の板張りの側面は町内でも目につきやすい部類に入る。
適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。この町ではこの基準が実際に機能している。一軒ごとに見れば指定に届くほどのものではないが、集まることで明治から大正にかけての商業地の輪郭を保っている。
安田という町並み
安田町は、短い期間に異例の数の建物を登録している。平成19年(2007年)7月から平成24年(2012年)2月までのあいだに、13の家・寺社にわたる25件以上の建造物が国の登録有形文化財となった。
久保呉服店と同じ平成19年10月2日に登録されたものも複数ある。同業の西岡呉服店店舗、そして西岡家住宅の主屋・離れ・蔵・門及び塀。さらに久保家住宅の離れ・蔵・門・外塀・内塀も同日である。その2か月後には南商店と河田商店の店舗兼主屋、乗光寺の書院と門、豊永染物店の蔵と土塀、安田八幡宮の玉垣が続いた。
並べてみると、これは小さな商業町の構成要素がひととおり揃っているということでもある。呉服商、雑貨商、染物屋、寺、神社。久保呉服店はそのなかの一本の糸にあたる。
安田の町は、安田川下流域の旧街道沿いに育った。安田川は馬路の山から流れ下る、本流にダムのない川である。谷は木材と土佐備長炭を出し、川はアユを出し、街道は人と荷を運んだ。町からは乗光寺に生まれた儒学者・岡本寧浦も出ており、その門下生は千人にのぼり、幕末に活躍した人物も含まれていたと伝わる。
訪ねるとき
久保呉服店店舗兼主屋は個人の所有である。内部の公開はなく、受付も入場料もない。公道から外観を見る形になる。道路からの外観撮影は差し支えないが、敷地への立ち入りや室内に向けての撮影は控えたい。
町歩きの起点になるのは安田町まちなみ交流館・和(なごみ)である。隣り合う二棟の登録有形文化財を使った施設で、一方は魚梁瀬材をふんだんに用いた大正から昭和初期の土佐東部の住宅・旧柏原邸、もう一方は土間でつながる大正期の洋風医院建築・旧市川医院。平成20年(2008年)に両家から町へ寄贈され、平成21年度から22年度にかけて修復、平成22年(2010年)に開館した。建物自体の登録は平成24年(2012年)2月である。町ゆかりの人物をめぐる企画展を随時開いており、通り沿いのどの建物が登録されているかもここで尋ねられる。
土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線の安田駅から旧市街までは歩ける距離にある。高架を走る同線からは海が見えるので、鉄道で向かうのも悪くない。車なら国道55号。
一軒を目当てに来るより、一、二時間かけて歩く町だと思う。通りを行き、角を見て、板張りの妻面を数える。町並みの外では、安田川はアユ釣りで知られ、山腹には四国八十八箇所第27番札所の神峯寺があって境内から太平洋が見渡せる。不動の滝のあじさいは6月に咲く。
Q&A
- 久保呉服店店舗兼主屋の内部は見学できますか?
- できません。個人所有で内部は非公開です。受付も入場料もなく、公道から外観を眺める形になります。登録時の評価も外観についてのものです。
- 久保呉服店店舗兼主屋という名称はどういう意味ですか?
- 呉服店は反物を扱う商店を指します。「店舗兼主屋」は、同じ一棟のなかに北側の店舗と南側の住まいが同居していることを表しています。文化庁の登録名称はこの構成をそのまま名前にしたものです。
- 久保呉服店店舗兼主屋の妻側が板張りなのはなぜですか?
- 高知県東部の沿岸では潮風と横なぐりの雨が壁を痛めます。竪板張なら水が木目に沿って流れ、傷んだ板を一枚ずつ替えられます。内陸の魚梁瀬には良質の杉・檜がありました。文化庁もこの竪板張の外観を評価の要点に挙げています。
- 久保呉服店店舗兼主屋と安田の町並みへはどう行きますか?
- 土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線の安田駅から徒歩圏です。車なら国道55号。まず安田町まちなみ交流館・和(なごみ)を訪ねると、通り沿いの登録建造物について案内が受けられます。
- 安田町には久保呉服店のほかに登録有形文化財はありますか?
- 平成19年から24年にかけて、13の家・寺社にわたる25件以上が登録されています。西岡呉服店店舗、久保家住宅や西岡家住宅、南商店・河田商店の店舗兼主屋、乗光寺の書院と門、豊永染物店の蔵、安田八幡宮の玉垣などで、いくつかは久保呉服店と同日の登録です。
基本情報
| 名称 | 久保呉服店店舗兼主屋(くぼごふくてんてんぽけんしゅおく) |
|---|---|
| 所在地 | 高知県安芸郡安田町大字安田1849 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 39-0221 |
| 指定年 | 平成19年(2007年)10月2日登録(告示は同年10月22日) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積86平方メートル/桁行6間、梁間4間半 |
| 所有者 | 個人(文化庁データベースに所有者名の記載なし) |
| 公開状況 | 外観のみ公道から見学可。内部非公開、入場料なし |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) — 久保呉服店店舗兼主屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00006755
- 高知県 — 国登録有形文化財<建造物>
- https://www.pref.kochi.lg.jp/doc/2023062200186/
- 安田町まちなみ交流館・和 -なごみ-
- https://yasuda-nagomi.com/
- 安田町まちなみ交流館・和 -なごみ- — 和(なごみ)の概要
- https://yasuda-nagomi.com/about.html
- 安田町役場
- https://www.town.yasuda.kochi.jp/
最終更新日: 2026.08.09