武市半平太旧宅および墓とは:土佐勤王党の盟主が育った郷士屋敷と墓

武市半平太旧宅および墓(たけちはんぺいたきゅうたくおよびはか)は、高知県高知市仁井田にある、幕末の土佐勤王党の盟主武市半平太(瑞山)の旧宅と墓で、昭和11年(1936年)9月3日に国の史跡に指定された。

文化庁の記録では、指定基準は「墳墓及び碑」と「旧宅、園池その他特に由緒のある地域の類」にあたる。

文化庁の指定時の説明によると、旧宅は半平太が22歳まで住んだ所で、旧規模をよく保っている。

武市半平太旧宅および墓の旧宅と墓

高知市によると、旧宅はもとは藁葺きで、6室からなり、客間は8畳で、柱に半平太が刻んだ字の跡がある。東南の客間の前に池や庭を設け、土蔵(現存しない)や物置もある典型的な郷士屋敷である。

文化庁の指定時の説明によると、墓は旧宅地に続く丘陵の上にあり、表面に「武市半平太小楯」と刻み、後方に記念碑を建てている。高知市によると、墓は旧宅の前の小道を南に進んだ瑞山神社の上の丘陵にある。

武市半平太旧宅および墓の見どころ

高知市によると、半平太は文政12年(1829年)に生まれた。文久元年(1861年)に土佐勤王党の盟約書をつくって党主となり、翌年、吉田東洋を暗殺して土佐藩を勤王化させた。しかし文久3年(1863年)の政変ののち投獄され、慶応元年(1865年)閏5月11日に切腹を命じられ、37歳で世を去った。

高知市によると、旧宅は半平太が城下に出て以来、武市家の所有を離れているが、母屋や土蔵などに郷士屋敷の面影を残している。

武市半平太旧宅および墓の見学方法

高知市によると、武市半平太旧宅は現在個人宅のため、立ち入りできない。旧宅から右手に延びる道の先の石段を上ると、瑞山神社や瑞山資料館、墓がある。

問い合わせは高知市民権・文化財課(088-832-7277)へ。

Q&A

Q武市半平太旧宅および墓はいつ史跡に指定されましたか?
A昭和11年(1936年)9月3日に指定されました。
Q武市半平太とは?
A幕末の土佐勤王党の盟主です。
Q武市半平太旧宅の特徴は?
A高知市によると、藁葺き6室、池や庭を備えた典型的な郷士屋敷です。
Q武市半平太の墓はどこにありますか?
A旧宅の南、瑞山神社の上の丘陵にあります。
Q武市半平太旧宅は見学できますか?
A高知市によると、現在は個人宅のため立ち入りできません。

基本情報

名称武市半平太旧宅および墓(たけちはんぺいたきゅうたくおよびはか)
所在地高知県高知市仁井田
指定区分史跡
指定年昭和11年(1936年)9月3日指定
員数旧宅・墓
寸法文化庁データベースに記載なし
所有者個人(高知市)
公開状況旧宅は個人宅のため立ち入り不可

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「武市半平太旧宅および墓」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/2579
文化遺産オンライン「武市半平太旧宅および墓」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/211310
高知市「史跡 武市半平太旧宅及び墓」
https://www.city.kochi.kochi.jp/soshiki/90/cas-state-1600100.html
高知市観光情報「武市半平太旧宅及び墓」
https://www.city.kochi.kochi.jp/site/kanko/takechihanpeitakyuutaku.html

最終更新日: 2026.09.28