熊本県の登録有形文化財
熊本県 · 登録有形文化財
大正14年(1925年)、薩摩街道の宿場町・宮原に地元の手で建てられた旧井芹銀行本店。左右対称の正面に4本の付柱、パラペットに幾何学模様を配したセセッション風の鉄筋コンクリート建築です。現在は無料公開され、秋山幸二ギャラリーも併設。
熊本県人吉市、球磨川のほとりに建つ人吉旅館玄関棟。昭和8年築の木造2階建で、正面の入母屋造の玄関と中庭に開くガラス戸が見どころ。2013年登録の有形文化財で、令和2年の水害を乗り越えて今も現役の温泉宿である。
熊本県人吉市の温泉宿、人吉旅館の中央棟。昭和8年築の木造2階建で、上下階とも四室を一列に並べ、違棚や組子欄間の意匠を室ごとに変える。球磨川に面し、令和2年の水害を越えて今も営業を続ける登録有形文化財である。
玄関棟と中央棟の接点に建つ客室棟。昭和二十八年の築で、上下階とも球磨川に面して三室を並べ、摺ガラスの回転窓や矢岳の透彫欄間に数寄屋の趣向を凝らす。令和二年の豪雨を越え、同四年に営業を全面再開した宿の一棟である。
熊本県人吉市、球磨川のほとりに建つ人吉旅館。その東棟は昭和5年頃の木造客室棟で、扇形の墨跡窓や銘木を用いた瀟洒な座敷が残る。2013年に登録有形文化財となり、令和2年の豪雨を乗り越えて、国宝・青井阿蘇神社にほど近い湯の宿として迎える。
熊本県菊池市旭志の合志川に架かる姫井橋は、大正14年(1925年)に木材運搬のため架けられた鉄筋コンクリート造の単アーチ橋。径の太い2本のアーチリブを持つ下路式で、わが国初の形式とされ、平成22年に登録有形文化財となった。
熊本県芦北町田浦の藤崎家住宅(赤松館)表門は、明治27年(1894年)頃の石造の門。天草産と推定される長大な砂岩の石柱に繰形の笠石をのせ、間口5.8メートルに両開きの板扉を吊る。左の袖塀には潜戸を開き、簡素で堂々とした構え。
熊本県芦北町田浦の藤崎家住宅(赤松館)篭部屋は、昭和初期の木造平屋建。竹篭や薪を納めた桁行10間、梁間1間の細長い建物で、外壁が塀とひと続きになり屋敷の西面を区切る。登録された9棟のなかでもっとも新しい建物である。
熊本県芦北町田浦の藤崎家住宅(赤松館)米蔵は、明治期建築の土蔵造2階建で、昭和5年(1930年)に現在地へ移築された。建築面積247平方メートルの大規模な蔵で、主屋とともに再現の難しい建物として登録。塀の外に建つ。
熊本県芦北町田浦の藤崎家住宅(赤松館)下の門は、明治27年(1894年)頃の棟門。味噌蔵の背後に開き台所脇の作業庭へ通じる。間口2.3メートルに幅広の板戸を片開きとし、物と車の出入りに備えた造りが評価された。
熊本県芦北町田浦の藤崎家住宅(赤松館)主屋は、明治27年(1894年)建築の木造2階建の大地主の住まい。建築面積769平方メートル、座敷と居間に銘木を用いた高い大工技術が評価され登録された。台所には6口のかまどが並ぶ。
熊本県芦北町田浦の藤崎家住宅(赤松館)長屋は、明治27年(1894年)建築の木造平屋で、かつて下男の住まいだった。建築面積12平方メートルの小さな建物だが、味噌蔵や塀と外観をそろえ屋敷の表構えをつくる。
熊本県芦北町田浦の藤崎家住宅(赤松館)塀は、明治27年(1894年)頃の延長161メートルの瓦葺の板塀。正面では漆喰壁と腰の下見板張りが表門をはさんで延べ約30メートル続き、屋敷の顔をつくる。正面と東側は一段高い。
熊本県芦北町田浦の藤崎家住宅(赤松館)真中の門は、明治27年(1894年)頃の間口1.9メートルの日常の門。主屋の台所土間へ通じ、格子の引違戸と潜戸付き大戸、目地漆喰の瓦屋根を備える。小さくても丁寧な造り。
熊本県芦北町田浦の藤崎家住宅(赤松館)味噌蔵は、明治27年(1894年)建築の土蔵造2階建。自家用の味噌と醤油を造り蓄えた蔵で、敷地の南西隅で妻を正面に向け、漆喰壁と半間ごとの柱が外観を整える。東面に下屋を持つ。
熊本県菊池市西寺の宮村家住宅で、敷地南面を東西に画す大正前期の石垣。阿蘇由来の溶結凝灰岩を布積とし、断面は台形、総延長46メートル。現在の高さは1メートル弱だが、周辺の埋立て以前は二倍近かった。平成25年登録。
熊本県菊池市西寺に南面して建つ大正前期の木造平屋建民家。寄棟造桟瓦葺で四周に下屋をめぐらせ、建築面積364平方メートル。自家の山林の良材を用い、土間上部に重厚な梁組を現し、座敷の欄間に阿蘇五岳を刻む。平成25年登録の有形文化財。
熊本県西原村の矢野家住宅(新宅)主屋は、本宅から分かれた家の主屋で、河原村の村長を務めた矢野数馬が昭和4年(1929年)に建てた。玄関付きで屋根を二重にした外観や、床と書院を備えた座敷に時代の特徴が表れる。
熊本県西原村の矢野家住宅(本宅)裏門は、明治3年(1870年)建築の間口2.1メートルの薬医門。小規模ながら表門と同じ武家屋敷風の門で、左右に屋根付きの板塀が続く。北側の道路に面し、外観は公道から見られる。
熊本県西原村の矢野家住宅(本宅)表門は、明治3年(1870年)建築の一間一戸の薬医門。太い親柱など武家屋敷風の意匠が主屋と共通し、左右に屋根付きの土塀が続く。西側の道路に面し、外観は公道から見られる。