旧邸御室主屋 ― 昭和12年、双ヶ岡の斜面に向けて構えた近代和風邸宅

京都市右京区、御室の一角に双ヶ岡が緩やかな稜線を横たえる。国指定名勝であるこの丘の北斜面に、約1,650平方メートルの敷地が広がり、その約半分を池泉回遊式の庭園が占める。庭に向き合うように建つのが、昭和12年(1937年)竣工の旧邸御室主屋である。酒造会社の役員をつとめた阿部家が、双ヶ岡の景を取り込むことを前提に構えた郊外邸宅であった。

主屋は木造、建築面積238平方メートル。屋根は桟瓦葺で、一部を銅板で葺く。一階は北東隅に玄関を開き、そこから矩折れの廊下を南北に通す。廊下の西側には十二畳半の座敷と十畳が並び、庭に面する接客の中心をなす。廊下の東側は内向きの居住空間にあて、二階には八畳三室を設ける。数寄屋の手法を住宅に引き入れた、内外ともに質の高い造作である。

設計者の名は残っていない。判明しているのは建物そのものの完成度と、八十余年を経てなお保たれた良好な保存状態である。歴代の所有者が近代化の波に流されず、丁寧に手を入れて使い継いできた結果といえる。

登録有形文化財としての位置づけ

主屋は文化審議会の答申を経て、平成29年(2017年)5月2日に国の登録有形文化財となった。登録番号は26-0515。登録有形文化財の制度は、明治以降に数多く建てられた建造物を対象に平成8年(1996年)に設けられたもので、指定文化財に比べて規制が緩やかで、届出を基本とした緩やかな保護を旨とする。個人が所有し、日常的に活用される昭和初期の邸宅にはこの枠組みがよく合う。

登録基準は「造形の規範となっているもの」。近代和風住宅として完成度が高く、数寄屋の意匠を住宅建築に洗練された形で取り込んだ点が評価された。とりわけ座敷廻りの造作は精緻で、接客空間の質の高さが登録の決め手となっている。

建築主の阿部家は大手酒造会社の役員を輩出した家系で、その先代は、のちにニッカウヰスキーを興す竹鶴政孝をスコットランドへ送り出したことでも知られる。昭和44年(1969年)に建物は現在の所有者へと引き継がれた。先代が製材業を営んでいたという来歴は、良材を惜しみなく用いたこの邸宅の管理者としてふさわしい。

座敷と意匠 ― 見どころ

接客の主室には、正式な座敷を構成する要素がひととおり揃う。床の間に加え、庭側へ張り出した付書院、琵琶を置いたことに名の由来をもつ琵琶床、そして段違いの違い棚。頭上に目を移すと、富士山の稜線をかたどった欄間が室内に山影を落とす。座敷に居ながらにして富士を仰ぐという趣向である。

玄関を入ってすぐの位置には、庭に離して建てる茶室とは別に、屋内に組み込まれた茶室が設けられている。二階の洋間は畳のリズムから離れ、天井に六面の天井画を納め、窓にはわずかに波打つ古いガラスをはめて午後の光をやわらげる。

季節ごとに撮影者を惹きつける仕掛けもある。大広間に据えられた花梨の一枚板は鏡のように磨かれ、光の条件が整うと卓面に庭が映り込む。晩秋には反転した紅葉がもう一つの林として板の上に立ち上がり、来訪者はこれを「庭鏡」と呼ぶ。現在の主屋はイベントや撮影、演奏会などに使われる貸空間として運用されており、観光目的での常時公開は行っていない。室内が広く公開されるのは、初夏や秋に不定期で催される特別公開の折に限られる。

Q&A

Q主屋はいつ建てられ、内部を見学できますか。
A昭和12年(1937年)の竣工です。通常は貸空間として運用され常時公開はしていませんが、初夏や秋に不定期で特別公開が行われ、室内と庭園を見学できることがあります。訪問前に公式サイトをご確認ください。
Q「指定」ではなく「登録」なのはなぜですか。
A登録有形文化財は平成8年に設けられた制度で、近代以降の建造物を対象に、指定より緩やかな規制で保存を促す枠組みです。個人所有で日常的に活用される昭和初期の邸宅に適しています。
Q「庭鏡」とは何を指しますか。
A大広間の花梨の一枚板に庭が映り込む現象で、秋には紅葉が卓面に反転して現れます。平成30年(2018年)に広く公開されて以降、撮影名所として知られるようになりました。
Q最寄りの交通は。
A京福電鉄北野線の御室仁和寺駅から徒歩数分で、世界遺産の仁和寺にも近い立地です。JR花園駅からも徒歩15分ほどです。

基本情報

名称旧邸御室主屋(きゅうていおむろしゅおく)
所在地京都府京都市右京区御室岡ノ裾町5
区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 26-0515
登録年月日平成29年(2017年)5月2日
建築年昭和12年(1937年)
構造及び形式木造平屋2階建、瓦葺一部銅板葺、建築面積238㎡
員数1棟
公開状況個人所有・貸空間として運用。常時非公開(不定期の特別公開あり)

References

国指定文化財等データベース(文化庁) ― 旧邸御室主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011526
旧邸御室 ― 公式サイト
https://omuro-kyoto.jp/history/
KYOTOdesign ― 旧邸御室
https://kyoto-design.jp/spot/45354

最終更新日: 2026.07.02