金銅藤原道長経筒とは:道長が金峯山に埋めた、500字余りの銘文をもつ日本最古の経筒

金銅藤原道長経筒(こんどうふじわらのみちながきょうづつ)は、京都府京都市東山区茶屋町の京都国立博物館が預かる、金峯神社所有の平安時代の藤原道長の経筒で、昭和27年(1952年)11月22日に国宝に指定された。

文化庁の記録では、員数は1口で、寛弘4年(1007年)の作である。明治35年(1902年)4月17日に当時の制度で指定されている。

京都国立博物館によると、道長自身が書き写した経を納めるために作らせたもので、日本で最も古い経筒である。

金銅藤原道長経筒の銘文

京都国立博物館によると、銅でできた高さ36.4センチメートルの筒で、表面には金が厚く塗られ、たがねで500字余りの漢字が刻まれている。蓋は茶筒のようにすっぽりと被る。

銘文は「南瞻部州大日本国左大臣正二位藤原朝臣道長」で始まり、経筒を作る経緯やその意味、経の内容、金峯山に登って埋めることなどが細かく記され、最後に埋めた日付が「寛弘四年八月十一日」と記されている。

金銅藤原道長経筒の見どころ

京都国立博物館によると、道長が経筒を埋めた金峯山は現在の奈良県吉野の奥、大峰山山上ヶ岳(標高1,714メートル)の頂上にあたる。埋納の様子は道長の日記『御堂関白記』にも記されている。翌年に娘の彰子に皇子が誕生すると、世の人々は金峯山の霊験があらたかだとうわさしたという。

京都国立博物館によると、経筒は江戸時代の元禄4年(1691年)に山上本堂の改築工事に伴って出土し、現在は同館が預かっている。

金銅藤原道長経筒の見学方法

経筒は京都国立博物館が預かっており、常時展示されているわけではない。展示の予定は同館の案内で確かめたい。

Q&A

Q藤原道長経筒はいつ国宝に指定されましたか?
A昭和27年(1952年)11月22日に国宝に指定されました。
Qこの経筒の大きさは?
A高さ36.4センチメートルです。
Qこの経筒はいつ埋められたのですか?
A銘文によると、寛弘4年(1007年)8月11日です。
Qこの経筒はどこに埋められたのですか?
A奈良県吉野の奥、大峰山山上ヶ岳の頂上にあたる金峯山です。
Qこの経筒はいつ見つかったのですか?
A江戸時代の元禄4年(1691年)に、山上本堂の改築工事に伴って出土しました。

基本情報

名称金銅藤原道長経筒(こんどうふじわらのみちながきょうづつ)
所在地京都国立博物館(京都府京都市東山区茶屋町527)
指定区分国宝(考古資料)
指定年昭和27年(1952年)11月22日指定(明治35年(1902年)4月17日旧制度指定)
員数1口
寸法高さ36.4センチメートル(京都国立博物館)
所有者金峯神社
公開状況展示時期は京都国立博物館に要確認

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「金銅藤原道長経筒」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/840
文化遺産オンライン「金銅藤原道長経筒」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/193063
京都国立博物館「金色に輝く藤原道長の経筒」
https://www.kyohaku.go.jp/jp/learn/home/dictio/kouko/88kiniro/

最終更新日: 2026.09.30