ロシアから帰った実業家が花園に建てた家
堀江家住宅主屋は、京都市右京区花園木辻南町15にある大正10年(1921年)建築の木造平屋建住宅で、平成16年(2004年)7月23日に国の登録有形文化財に登録された。
建つ場所は妙心寺の南東、寺域を抜けたところに広がる住宅地の一角である。塔頭の白壁が途切れると、戦後の二階建てが並び、その間にときどき深い軒を張り出した屋根が混じる。堀江家住宅はその古い層に属する。
施主の堀江直造は、明治25年(1892年)にロシアへ渡った人物である。一度帰国し、ふたたび海を越え、日本人街で食品の製造工場を営んだ。この家は、その直造が事業から退いたあとの住まいとして建てられた。
外観に洋風の要素はない。煉瓦も上げ下げ窓もなく、当時の帰国実業家がしばしば選んだ「和館に洋館を接ぎ木する」形も採っていない。全室が和室である。それでいて内部の組み立て方には、従来の日本住宅と明確に違う点がある。
登録の理由は間取りにある
登録基準は第一号「造形の規範となっているもの」、第43回登録分にあたる。告示は平成16年(2004年)8月17日、登録番号は26-0175。台帳上の構造記載は「木造平屋建、瓦葺、建築面積121㎡」と短い。
登録有形文化財は、重要文化財の指定とは別に平成8年(1996年)に設けられた制度で、おおむね建築後50年を経た建物が対象になる。所有者は内部の改変や日常の使い方について広い裁量を持ち、外観を大きく変える場合に届け出れば足りる。全国の登録建造物のほとんどが、この家と同じように現役で使われている。
文化庁の解説は、この住宅の要点を平面に置く。座敷飾りを備えた二室続きの座敷、玄関と寄付、茶の間、台所という四つのまとまりを、途中で直角に折れる中廊下がつないでいる。町家や農家では部屋と部屋が直接つながり、独立性は建築ではなく作法によって保たれていた。ここでは廊下が各室を分け、他室を通らずに移動できる。
中廊下式の平面は、近代の郊外住宅を特徴づける要素として建築史で扱われてきた。大正10年という早い時期に、しかも純和風の外皮のなかにその発想が入り込んでいる点が、この建物の評価につながっている。
屋根、材、そして式台
屋根は寄棟造で、桟瓦を葺く。本瓦葺に比べて軽く、費用も抑えられる工法で、大正期の上質な住宅ではむしろ標準的な選択だった。
費用がかかっているのは材である。文化庁の解説は「台檜を用いた上質な造り」と記す。台檜は台湾中部の山地から伐り出された檜で、当時の台湾は日本の統治下にあり、内地の建築にも回るようになっていた。長尺で通直、木目の詰んだ材が得られるため、柱や鴨居を継がずに通せる。装飾ではなく材の格で品を出す、大工筋の考え方がそこに現れている。
玄関には式台が設けられている。武家住宅で客を迎えた上がり框の形式で、大正10年の新築住宅にこれを置くのは、明らかに意識的な引用である。その奥には応接室にあたる和室が続く。同じ年代の流行に従えば洋間の応接室を設けるところを、この家は和室で受けている。
座敷には床の間と、これに付随する棚や書院といった座敷飾りが備わる。日本の客が座敷に入って最初に読み取るのはこの部分で、西洋の住宅における暖炉まわりの装飾と同じ役割を果たしている。
非公開の住宅であること、そして周辺の歩き方
堀江家住宅主屋は現在も個人の住宅であり、一般公開はされていない。拝観時間も拝観料も設定されておらず、京都府国登録文化財所有者の会(京都登文会)も自らの紹介ページで非公開と明記している。敷地内に立ち入ることはできず、門前で立ち止まって撮影する行為も、生活の場である以上は控えたい。
それでも花園まで足を運ぶ価値はある。北西へ数分歩けば妙心寺の広大な寺域が始まり、塔頭のうち退蔵院、桂春院、大心院が通年で拝観を受け付けている。退蔵院には瓢箪で鯰を捕らえようとする人物を描いた水墨画があり、余香苑の枯山水と合わせて見どころになる。南へ十分ほどの法金剛院は、平安時代の阿弥陀如来坐像と、7月に咲く蓮で知られる。
最寄り駅はJR山陰本線(嵯峨野線)の花園駅で、京都駅から数分、住宅地までは徒歩5分ほど。嵐電北野線の妙心寺駅も同程度の距離にある。いずれの駅からも、西へ四駅ほど進めば嵐山に出られる。
Q&A
- 堀江家住宅主屋は見学できますか。拝観時間や拝観料はありますか。
- 見学できません。現在も個人の住宅として使われており、公開の予定も拝観時間・拝観料の設定もありません。敷地内への立ち入りはご遠慮ください。
- 堀江家住宅主屋はどこにありますか。最寄り駅から何分かかりますか。
- 京都市右京区花園木辻南町15、妙心寺の南東の住宅地にあります。JR嵯峨野線の花園駅から徒歩約5分、嵐電北野線の妙心寺駅からも同程度です。
- 堀江家住宅主屋の登録有形文化財と、重要文化財の指定は何が違うのですか。
- 登録は平成8年(1996年)に始まった緩やかな保護制度で、築50年程度を経た建物が対象です。所有者の裁量が広く、外観の大幅な変更時に届け出れば足ります。重要文化財の指定は規制も公的支援も強くなります。
- 堀江家住宅主屋を建てたのは誰で、いつ完成したのですか。
- 大正10年(1921年)の完成で、施主は堀江直造です。明治25年(1892年)にロシアへ渡り、日本人街で食品製造工場を経営した人物で、この家は引退後の住まいとして建てられました。
- 堀江家住宅主屋の周辺で、実際に拝観できる文化財はありますか。
- 妙心寺が徒歩数分の距離にあり、塔頭の退蔵院・桂春院・大心院が通年で拝観できます。南へ約10分の法金剛院には平安時代の阿弥陀如来坐像があり、7月の蓮でも知られます。
基本情報
| 名称 | 堀江家住宅主屋(ほりえけじゅうたくしゅおく) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府京都市右京区花園木辻南町15 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 26-0175/登録基準「造形の規範となっているもの」 |
| 指定年 | 登録 平成16年(2004年)7月23日、告示 同年8月17日(第43回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積121平方メートル |
| 所有者 | 個人(国指定文化財等データベースに所有者名の記載なし) |
| 公開状況 | 非公開。個人住宅のため内部・敷地とも見学不可 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) — 堀江家住宅主屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004264
- 文化遺産オンライン — 堀江家住宅主屋
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/117144
- 京都登文会(京都府国登録文化財所有者の会) — 堀江家住宅
- https://www.kyoto-tobunkai.org/catalogue/33.html
- 京都市 — 国指定等文化財の一覧(別表)
- https://www.city.kyoto.lg.jp/tokei/cmsfiles/contents/0000282/282388/bepyou.pdf
- 臨済宗大本山 妙心寺
- https://www.myoshinji.or.jp/
最終更新日: 2026.08.08