龍光院書院:大徳寺に秘められた国宝の書院建築

京都市北区、臨済宗大徳寺派の大本山・大徳寺の広大な境内の南西に、ひっそりと佇む塔頭寺院があります。龍光院(りょうこういん)——観光目的の拝観を一切受け付けず、特別公開も行わないこの寺院は、日本屈指の国宝・重要文化財を数多く所蔵しながら、その全容を知る機会がきわめて限られている「秘められた宝庫」です。

なかでも国宝に指定されている「書院」は、日本に三つしかない国宝茶室のひとつ「密庵席(みったんせき)」を内に抱き、江戸前期の茶室建築の最高傑作として知られています。「日本で最も見るのが難しい国宝」とも称されるこの建物の歴史と魅力を紐解いてまいりましょう。

黒田官兵衛の菩提を弔う——龍光院の創建

龍光院は慶長11年(1606年)、筑前福岡藩の初代藩主・黒田長政が、父・黒田孝高(如水、官兵衛)の菩提を弔うために創建しました。寺号は孝高の法名「龍光院殿如水円清大居士」に由来しています。作事奉行には黒田一成と黒田利長が任じられ、開山は春屋宗園が務めましたが、間もなく遷化したため、実質的な開祖となったのは二世の江月宗玩(こうげつそうがん、1574〜1643年)です。

江月宗玩は、大坂・堺の豪商であり茶人としても名高い天王寺屋津田宗及の子息でした。優れた禅風と深い教養で知られ、有栖川宮家の祖である高松宮好仁親王が帰依されたほか、小堀遠州や松花堂昭乗ら当代一流の文化人が集いました。武家の菩提寺としての格式と、堺の豪商がもたらした茶の湯の文化——この二つの流れが交わる場所として、龍光院は寛永文化の発信地となったのです。

国宝書院の建築——こけら葺きの美しい佇まい

龍光院書院は昭和36年(1961年)に国宝に指定され、さらに平成28年(2016年)には調査の結果、同時期の建築と判明した東側突出部が追加指定されました。寄棟造、こけら葺きの一重の建物で、2012年の修理では桟瓦葺きだった屋根が本来のこけら葺きに復原され、往時の姿を取り戻しています。

間取りは南列に床付きの十畳「一の間」と八畳「二の間」が並び、その南側に一間幅の畳敷きの広縁が通ります。北列には西北隅に四畳半台目の茶室「密庵席」、その東に六畳「三の間」、さらに東に四畳半が続き、北側に水屋を備えます。追加指定された東側突出部は三畳と床付きの八畳、板敷きの広縁から成り、書院全体が有機的に連なる見事な空間構成を形づくっています。

内部には狩野探幽筆の襖絵「叭々鳥図」「月下波濤図」が描かれ、江戸初期の最高水準の画技が建築空間と溶け合う格調高い雰囲気を醸し出しています。

密庵席——書院と草庵が融合した茶室の革命

書院の北西隅に組み込まれた密庵席は、小堀遠州の好みと伝えられる四畳半台目の茶室です。日本に三つある国宝茶室——千利休の「待庵」(妙喜庵)、織田有楽斎の「如庵」、そしてこの「密庵」——のうち、他の二つは見学が可能であるのに対し、密庵席だけは一切の拝観を受け付けない龍光院の中にあるため、「日本で最も見るのが難しい国宝」と称されています。

密庵席は寛永年間(1624〜1644年)に独立した茶室として建てられ、慶安2年(1649年)頃に書院の改築に合わせて現在の位置に組み込まれました。この茶室が茶道建築史上きわめて重要とされるのは、小堀遠州が目指した「書院造りの中に利休の草庵の精神を組み込む」という革新的な試みが、ここに見事に結実しているからです。

面皮柱・丸太柱・角柱が巧みに使い分けられ、水墨画の張付壁が空間を彩ります。本床の床框は黒の真塗りで仕上げられ、違棚は「龍光院棚」と呼ばれる複雑かつ精緻な意匠を見せます。地袋と天袋には「寛永の三筆」のひとりとして知られる松花堂昭乗の筆と伝わる絵が施されています。

そして最大の特徴が「密庵床(みったんどこ)」——南宋時代の禅僧・密庵咸傑(みったんかんけつ)の墨蹟(国宝)を掛けるためだけに設けられた専用の書院床です。通常の墨蹟より格段に大きなこの法語のために特別に設計されたもので、千利休の添状とともに数百年にわたって大切に伝えられてきました。

なぜ国宝に指定されたのか——その文化的価値

龍光院書院が国宝に指定された理由は多岐にわたります。第一に、江戸前期における書院建築と茶室が一体となった建物の最も優れた遺構であること。密庵席に見られる書院風茶室の様式は、利休の侘び茶と武家の格式ある書院造りを高い次元で融合させた画期的なものであり、その後の茶室建築に大きな影響を与えました。

第二に、保存状態の良さが挙げられます。明治の廃仏毀釈により龍光院は敷地が元の3分の1に縮小され、客殿や大庫裏が除却されるなどの被害を受けましたが、書院と密庵席は歴代住持の尽力によって往時の姿を今日に伝えています。

第三に、書院そのものが寛永文化を体現する歴史的資料としてかけがえのない存在であること。狩野派の襖絵、遠州の茶室意匠、昭乗の筆——武家・禅僧・豪商・芸術家が一堂に会した寛永文化の精華が、この一棟に凝縮されているのです。

龍光院が守り継ぐ至宝の数々

龍光院は書院のほかにも驚くべき数の国宝・重要文化財を所蔵しています。なかでも世界に三碗しか現存しない国宝「曜変天目茶碗」のひとつは、天王寺屋から伝来して以来400年以上、一度も寺を離れることなく守り継がれてきた唯一の曜変天目として特別な意味を持ちます。

密庵咸傑の墨蹟(国宝)のほか、元の禅僧・竺仙梵僊の墨蹟(国宝)も所蔵。重要文化財としては伝牧谿筆「柿栗図」、伝馬遠筆「山水図」、油滴天目茶碗など、南宋から江戸初期にわたる第一級の美術品が伝わります。これらは江月宗玩の卓越した審美眼と、天王寺屋の豊かな財力が結びついた結果であり、一寺院の所蔵品としては驚異的な質と量を誇ります。

周辺の見どころ——大徳寺と紫野を歩く

龍光院自体は拝観できませんが、大徳寺の境内を散策し、公開されている塔頭を訪ねることで、龍光院が育まれた禅文化の空気に触れることができます。

常時公開されている塔頭には、日本屈指の枯山水庭園を有する大仙院、大徳寺最古の塔頭である龍源院、紅葉の参道が美しい高桐院などがあります。龍光院のすぐ近くには、もともと龍光院の境内にあった孤篷庵(小堀遠州が開いた塔頭)があり、遠州作の茶室「忘筌」を折に触れ特別公開で見ることができます。

大徳寺の門前には今宮神社があり、名物のあぶり餅が参拝客に人気です。また西陣織の産地である西陣地区も近く、伝統的な織物の工房見学を楽しむこともできます。

龍光院の所蔵品は稀に美術館に出品されることがあります。2019年にMIHO MUSEUM(滋賀県)で開催された特別展「大徳寺龍光院 国宝 曜変天目と破草鞋」は、龍光院の全面協力のもとで初めて寺宝を一挙公開した歴史的な展覧会でした。このような貴重な機会を逃さないよう、展覧会情報に注目しておくことをおすすめいたします。

Q&A

Q龍光院書院を見学することはできますか?
A残念ながら、龍光院は観光目的の拝観を一切受け付けておらず、特別公開も行われていません。ただし、大徳寺の境内は自由に散策でき、近隣の塔頭のいくつかは公開されています。また稀に美術館での特別展で龍光院の寺宝が出品されることがありますので、そうした機会にご注目ください。
Q密庵席はなぜ「日本で最も見るのが難しい国宝」と呼ばれるのですか?
A国宝の茶室は日本に三つ(待庵・如庵・密庵)ありますが、待庵と如庵は予約や通常拝観で見学可能です。一方、密庵席は拝観謝絶の龍光院内にあり、特別公開も一切行われないため、唯一見ることのできない国宝茶室となっています。
Q曜変天目茶碗とはどのようなものですか?
A曜変天目は中国・南宋時代に焼かれた茶碗で、器の内側に星のように輝く斑紋が浮かび上がる、極めて稀少な名品です。世界に現存するのはわずか三碗で、すべて日本にあり、すべて国宝に指定されています。龍光院のものは天王寺屋から伝来して以来、400年以上同じ場所で守り続けられている唯一の曜変天目です。
Q大徳寺へのアクセスは?
AJR京都駅から京都市バス205系統または206系統で「大徳寺前」下車(約45分)。または地下鉄烏丸線「北大路駅」下車、西へ徒歩約15分。北大路駅からバスを利用することもできます。
Q小堀遠州とはどのような人物ですか?
A小堀遠州(1579〜1647年)は江戸初期の大名であり、茶人・造園家・建築家として活躍した文化人です。古田織部に茶を学び、千利休の侘びの精神と書院造りの格式美を融合させた「綺麗さび」の美意識を確立しました。大徳寺内の孤篷庵をはじめ、京都の多くの名庭園・茶室にその足跡を残しています。

基本情報

名称 龍光院書院(りょうこういんしょいん)
指定区分 国宝(建造物) 昭和36年(1961年)4月27日指定、平成28年(2016年)2月9日追加指定
建築年代 密庵席:寛永年間(1624〜1644年)、周囲の諸室:慶安2年(1649年)頃
構造 寄棟造、こけら葺、一重
茶室設計 小堀遠州の好みと伝わる
所属寺院 龍光院(臨済宗大徳寺派大本山 大徳寺塔頭)
創建 慶長11年(1606年)黒田長政が父・黒田孝高(官兵衛・如水)の菩提を弔うため建立
所在地 京都府京都市北区紫野大徳寺町
アクセス 京都市バス「大徳寺前」下車すぐ、または地下鉄烏丸線「北大路駅」下車 西へ徒歩約15分
拝観 非公開(観光目的の拝観・特別公開ともに不可)。大徳寺境内は自由散策可、近隣の一部塔頭は公開。

参考文献

龍光院書院 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/146791
龍光院 (京都市北区) — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/龍光院_(京都市北区)
建造物編(49)龍光院書院(京都市北区)— 京都新聞
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/35879
国宝の茶室「密庵」(みったん)— 刀剣ワールド
https://www.touken-world.jp/tips/94750/
大徳寺龍光院 国宝 曜変天目と破草鞋 — MIHO MUSEUM
https://www.miho.jp/exhibition/daitokuji-ryokoin/
龍光院 — 京都に乾杯
https://www.kyotonikanpai.com/spot/05_01_murasakino_takagamine/ryoko_in.php
国指定文化財等データベース — 文化庁
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1592
国宝茶室 密庵(京都大徳寺 龍光院) — 茶室建築.com
https://note.com/sakurada_wa/n/ncbbab16bec6d

最終更新日: 2026.03.12