蓮華王院(三十三間堂)とは

蓮華王院(三十三間堂)は、京都府京都市東山区にある天台宗妙法院の仏堂で、文永3年(1266年)に再建された本堂が国宝、慶長5年(1600年)の南大門と桃山時代の築地塀(太閤塀)が重要文化財に指定されている。本堂の内陣の柱間が33あることから三十三間堂と呼ばれ、京都市観光協会は、現在は妙法院が管理するお堂と紹介している。

文化庁の解説によれば、本堂はもともと後白河法皇の命で長寛2年(1164年)に建てられたが、のちに焼失し、再建されて文永3年(1266年)に供養が行われた。京都市観光協会と観光庁の解説文は、当初の堂が後白河上皇の院御所「法住寺殿」の一画に、平清盛の造進によって建てられたと説明している。観光庁の解説文によれば、もとの寺院と御所の一帯は建長元年(1249年)の火災で焼けたが、本堂はすぐに再建された。

豊臣家による境内の整備

16世紀の末、豊臣秀吉は東山に巨大な仏殿(方広寺大仏殿)を中心とする伽藍を造営し、三十三間堂をその伽藍の中に組み込んだ。観光庁の解説文は、敷地の南の境界を示す南大門と土塀がこの時代に造られたこと、南大門と秀吉の仏殿が南北の軸線の上に正確に並んでいたことを指摘している。その軸線は、今は向かいの京都国立博物館の新しい入口を横切っている。

南大門は文化庁の記録で慶長5年(1600年)、築地塀は桃山時代の建築とされる。築地塀は「太閤塀」と呼ばれ、豊臣家ゆかりの塀として伝えられてきた。大仏殿は残っていないが、南大門と太閤塀によって、本堂のまわりに桃山時代の境内の輪郭が今も残されている。

境内の指定

建造物の指定は3件である。本堂は明治30年(1897年)に旧法で指定され、昭和27年(1952年)に国宝となった。南大門は明治33年(1900年)、太閤塀は昭和12年(1937年)に指定されている。

本堂の内部には、中尊の千手観音坐像を中心に千一体の観音像と、風神・雷神、二十八部衆の像が祀られ、京都市観光協会はこれらがいずれも国宝であると紹介している。これらの仏像はそれぞれ美術工芸品として指定されており、本堂の記事とは別に扱っている。

拝観とアクセス

ウォーカープラス(2026年4月時点)によれば、拝観時間は4月1日から11月15日が午前8時30分から午後5時、11月16日から3月31日が午前9時から午後4時で、受付はそれぞれ30分前に終わる。拝観料は一般600円、中高生400円、小学生300円で、25名以上の団体は割引がある。障がい者手帳・療育手帳を示すと本人と介助者1名が半額になる。予約は不要で、駐車場がある。

京阪電車の七条駅から徒歩約7分。JR京都駅からはバスで「博物館三十三間堂前」に降りる。寺の公式サイトには2026年10月3日時点で接続できなかったため、行事による拝観の変更などは寺(電話075-561-0467)に確かめたい。

参考文献

蓮華王院本堂(三十三間堂)(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1747
蓮華王院南大門(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1748
蓮華王院築地塀(太閣塀)(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1752
三十三間堂の概要と歴史(観光庁 地域観光資源の多言語解説文データベース)
https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/common/001554726.pdf
蓮華王院本堂(三十三間堂)(京都観光Navi 京都市観光協会)
https://ja.kyoto.travel/tourism/single02.php?category_id=9&tourism_id=2254
三十三間堂 詳細データ(ウォーカープラス)
https://www.walkerplus.com/spot/ar0726s580252/data.html
三十三間堂 料金(ウォーカープラス)
https://www.walkerplus.com/spot/ar0726s580252/price.html

最終更新日: 2026.10.03

基本情報

名称蓮華王院(三十三間堂)
所在地京都府京都市東山区三十三間堂廻り町657
所有者妙法院
指定国宝 1件・重要文化財 2件
座標34.98770, 135.77213