青蓮院青龍殿 ― 大正の木造大建築が東山山頂で蘇る

京都東山の山頂、華頂山に立つ青蓮院青龍殿は、わずか一世紀あまりのあいだに三度の役割を担ってきた稀有な木造建築です。大正2年(1913年)に大正天皇のご即位を記念して京都北野天満宮前に建立された武道場は、戦後は京都府警察の道場「平安道場」として多くの武道家を育み、平成26年(2014年)には東山山頂へ移築・再建され、国宝「青不動明王」を祀る大護摩堂として新たな生命を得ました。令和4年(2022年)に国の登録有形文化財に登録されたこの建物は、近代日本の高度な木造建築技術と、それを後世に伝えようとする人々の情熱を今に語り継いでいます。

武徳殿から平安道場、そして青龍殿へ ― 一棟の建物が辿った三つの時代

この建物の歴史は、京都の他の文化財とは大きく異なる軌跡を描いてきました。大正2年(1913年)、大日本武徳会が中心となり、京都府民から募った浄財によって、北野天満宮の南に「大日本武徳会京都支部武徳殿」として建立されたのがその始まりです。明治天皇大喪使総裁・大正天皇即位大礼使総裁を務めた伏見宮貞愛親王より令旨を賜り、大正天皇のご即位を記念する事業として進められました。

当時すでに入手が難しくなりつつあった大木の檜材がふんだんに用いられ、木造建築技術が最も高い完成度に達していた時期の精緻な造作が随所に施されています。一見すると純和風の意匠ですが、屋根を支える小屋組みと建物を支える基礎には外来の構造技術が応用されており、「和洋折衷」と呼ばれる大正期建築の特徴をよく示す貴重な建物です。

戦後の昭和22年(1947年)、建物は京都府に移管され「平安道場」として警察の柔道・剣道の修練場となりました。やがて一般にも開放され、多くの青少年が武道修行に励む場として親しまれましたが、平成10年(1999年)、雨漏りなどの老朽化と維持管理の困難から、京都府は閉鎖と解体処分を決定します。

このとき、歴史的木造建築の保存継承を志したのが青蓮院でした。「現在では求めることのできない大木の檜材」を用い、京都府民の浄財で建立されたこの建物を後世に伝えようと、京都府との3年に及ぶ交渉、京都市の許認可取得におよそ5年を費やし、平成21年(2009年)には飛地境内である東山山頂の将軍塚への移築再建を正式に決定。平成26年(2014年)10月、半田孝淳天台座主を大導師として落慶法要が営まれ、新たに「青龍殿」と命名されて生まれ変わったのです。

登録有形文化財に登録された理由

青蓮院青龍殿は、令和4年(2022年)2月17日、国の登録有形文化財(建造物)に登録されました(登録番号26-0646)。登録基準は「造形の規範となっているもの」――すなわち、その意匠や造形が建築史上の見本となる優れた建物であることを示すものです。

登録の理由となった建築上の特徴はいくつもあります。中央の道場板間の上は天井を高く吹き抜けて高窓を設け、明るく荘厳な内部空間を生み出しています。切妻屋根の正背面には千鳥破風を飾り、正面入口の上には軒唐破風を配して、外観に格式と動勢を与えています。さらに、道場の周囲に巡らされた観覧席は裳階(もこし)の下に収まる構成で、武道の試合観戦のために考えられた合理的な平面計画が今もそのまま残されています。

移築再建にあたって改造は最小限にとどめられ、当初の構造と意匠が極めてよく保たれている点も高く評価されました。文化庁の解説でも「保存良好な近代和風建築」と記されており、近代に花開いた和風大建築の到達点を体感できる希少な遺構として位置づけられています。

見どころ

国宝「青不動明王二童子像」

青龍殿の奥殿に安置されているのが、平安時代中期の制作とされる絹本著色「不動明王二童子像」、通称「青不動」です。園城寺(三井寺)の黄不動、高野山明王院の赤不動とともに「日本三不動」と並び称される名画で、日本仏教絵画史の最高傑作のひとつとして早くから国宝に指定されてきました。縦203センチメートル、横149センチメートルの絹本に、朱と丹で激しく揺らめく炎が描かれ、その中央に剣と羂索を持し、忿怒の相で岩座に坐される青黒(しょうこく)の不動尊が祀られています。参拝者が接する手前の堂内には精巧な複製がお祀りされ、毎月の所定日には護摩供にて諸願成就が祈願されています。

木造大舞台

青龍殿の落慶に合わせて新築された木造大舞台は、延面積1,046平方メートルにおよぶ壮大なもので、清水寺の舞台のおよそ4.6倍の広さを誇ります。西展望台からは京都市街、西山連山、晴れた日には大坂方面までを一望することができ、北展望台からは比叡山に至る東山連峰が眼前に広がります。京都の地形と都市の全景を、これほど鮮やかに体感できる場所は他になかなか見当たりません。

回遊式庭園

青龍殿の落慶に合わせて整備された回遊式庭園は、枯山水を取り込んだ趣のある構成で、名匠・中根金作が手がけた庭園から資材を引き継いで新たに作庭されました。約220本の紅葉、約200本の桜のほか、源平垂れ桃、藤、シャクナゲ、サツキなどが季節を彩ります。園内に設けられた東屋からは、将軍塚と西山を遠望する見事な借景庭園としての趣も楽しめます。

将軍塚

青龍殿のすぐそばには、青蓮院の飛地境内の名前の由来となった「将軍塚」が現存しています。延暦13年(794年)の平安遷都に際し、桓武天皇が王城鎮護のため、高さ八尺(約2.4メートル)の征夷大将軍坂上田村麻呂と伝わる将軍像に鉄の甲冑を着せ、弓矢を持たせ、太刀を佩かせて、都の方へ向けて埋めたとされています。直径約20メートルの円墳状の塚の頂には「将軍塚」と刻まれた石柱が立っています。

拝観のご案内

正式名称は「将軍塚青龍殿」で、青蓮院門跡の飛地境内として、本院(三条粟田口)とは別の場所、東山山頂に位置しています。年間を通じて拝観可能で、春の桜と秋の紅葉のシーズンには夜間特別拝観・ライトアップが行われます。境内、青龍殿、大舞台、庭園、将軍塚はすべて一つの拝観料で見学いただけます。

アクセスは、車でのお越しが最も便利で、東山ドライブウェイの展望台駐車場が直結しています。公共交通の場合は、京都市営地下鉄東西線「蹴上」駅からタクシーで約5分、または徒歩で東山トレイルコースを30〜40分ほど登ることになります。京都駅からは車で約20分です。混雑期には循環バスが運行されることもあります。

周辺情報

青龍殿の建つ東山山麓一帯は、京都を代表する名所が集まる地域です。本院である青蓮院門跡(三条粟田口)は天台宗京都五箇室門跡の一つで、皇室と縁の深い格式高い寺院として知られ、巨大な楠の木と優雅な書院でも有名です。さらに南に向かえば、浄土宗総本山の知恩院、京都随一の桜の名所である円山公園、八坂神社、高台寺、そして清水寺へと続く東山散策路が広がっています。午前中に青龍殿で大舞台と国宝を堪能し、午後はゆっくりと東山を下りながら巡るコースは、京都の旅の中でも特に充実した一日となるでしょう。

Q&A

Q青龍殿は新しい建物ですか、それとも歴史的建造物ですか。
Aどちらも、と申し上げるのが正確です。建物そのものは大正2年(1913年)に北野天満宮前に建立された大正期の貴重な木造建造物であり、平成26年(2014年)に現在地である東山山頂に移築再建されて、青蓮院の大護摩堂「青龍殿」として新たな役割を担うようになりました。令和4年(2022年)には国の登録有形文化財に登録されています。
Q国宝の青不動は拝観できますか。
A通常拝観時には、堂内の手前にお祀りされた精巧な複製を間近に拝することができます。国宝の本体は青龍殿の奥殿に大切に安置されており、特別公開の際にのみ拝観の機会が設けられます。複製とはいえ、忿怒の相と燃え盛る炎の迫力は十分に伝わってきます。
Q大舞台は清水寺の舞台と比べてどのくらいの大きさですか。
A青龍殿の木造大舞台は延面積1,046平方メートルで、清水寺の舞台のおよそ4.6倍の広さを誇ります。眼下には京都市内が一望でき、西山連山や晴れた日には大坂方面まで見渡すことができます。京都の寺院で得られるパノラマとしては、最も広大な部類に入るといえます。
Q京都市内中心部からのアクセス方法を教えてください。
A京都駅からはタクシーで約20分、地下鉄東西線「蹴上」駅からはタクシーで約5分です。徒歩なら蹴上駅から東山トレイルコースを30〜40分ほどで登ることもできます。東山ドライブウェイの展望台駐車場が直結しているため、お車でのお越しも便利です。
Qいつ訪れるのが一番おすすめですか。
Aどの季節にもそれぞれの魅力があります。春は約200本の桜と源平垂れ桃が境内を彩り、秋には約220本の紅葉が眼下の京都市街と相まって見事な風景を作り出します。これらの時期には夜間特別拝観・ライトアップも行われ、大舞台からの景色は一層印象深いものとなります。夏や冬の山頂の澄んだ空気と眺望もまた格別です。

基本情報

名称 青蓮院青龍殿(旧大日本武徳会京都支部武徳殿)
指定区分 登録有形文化財(建造物) 登録番号26-0646
登録年月日 令和4年(2022年)2月17日
建立年代 大正2年(1913年) 平成26年(2014年)移築再建
構造及び形式等 木造平屋建、瓦葺、建築面積537㎡
員数 1棟
所在地 京都府京都市山科区厨子奥花鳥町28他
所有者 宗教法人青蓮院
アクセス 東山ドライブウェイ展望台駐車場直結/地下鉄東西線「蹴上」駅からタクシーで約5分/京都駅から車で約20分

参考文献

文化遺産オンライン 青蓮院青龍殿(旧大日本武徳会京都支部武徳殿)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/520907
国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014187
天台宗青蓮院門跡 将軍塚青龍殿 公式サイト
https://www.shogunzuka.com/seiryuden.html
青蓮院門跡 公式サイト 京都/東山/青龍殿/落慶記念
http://www.shorenin.com/gokaicho/jj.html
京都市公式 京都観光Navi 青蓮院 将軍塚 青龍殿
https://ja.kyoto.travel/tourism/single01.php?category_id=7&tourism_id=683
Wikipedia 青蓮院
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E8%93%AE%E9%99%A2

最終更新日: 2026.04.30