天王山の中腹に立つ桃山の三重塔

京都府の南西端、木津川・宇治川・桂川の三川が合流する地を見下ろす天王山(標高270メートル)の中腹に、相輪頂までの総高およそ20メートルの三重塔が立っている。所在するのは、神亀元年(724年)の開創を伝える真言宗智山派の寺院、寶積寺の境内である。国の文化財データベースは、この塔の年代を慶長9年(1604年)、桃山時代の建立として記録している。

地元では、この塔は「一夜の塔」の名で親しまれてきた。天正10年(1582年)、この同じ山中で繰り広げられた山崎の戦いに勝った羽柴秀吉が、戦勝を謝して一夜のうちに建てさせたという言い伝えである。ただし秀吉が没したのは慶長3年(1598年)で、記録に残る建立年の1604年より6年前にあたる。これだけの規模の木造塔が一晩で建つはずもなく、寺自身もこの話を史実ではなく伝承として紹介している。文化財として登録された年代は、あくまで慶長9年である。

寶積寺が立つのは、長く要衝とされた土地だ。すぐ近くを山城国と摂津国の境が通り、川と山に挟まれた狭い回廊が天王山を軍事上の要地とした。塔は17世紀のはじめから、その地を見守り続けている。

重要文化財に指定された理由

三重塔が重要文化財に指定されたのは、大正10年(1921年)4月30日のことである。台帳は構造を「三間三重塔婆、本瓦葺」と記す。本瓦葺は、平瓦と丸瓦を交互に葺く格式の高い屋根のかたちだ。柱はすべて円柱で、記録には「総円柱」と記されている。

こうした建物の価値は、建てられた当時の大工技術の約束事を残している点にある。桃山時代の三重塔は現存数が比較的少なく、一基ごとに、軒の出や斗栱の組み方、屋根の反りといった選択が刻まれている。それらは文献だけからは復元できない。三層へと逓減する屋根、垂木の見える軒、三重を貫いて相輪を支える心柱は、何世紀にもわたって積み重ねられ、江戸時代にはまた姿を変えていく木造塔の語彙そのものである。初層の内部には、真言宗の本尊である大日如来坐像が安置されている。

山に残る寺宝は塔だけではない。寶積寺には、地獄の裁判官である閻魔王の坐像を中心とした鎌倉時代の彫刻群が伝わり、その眷属像や、仁王門に立つ金剛力士像も知られている。それでも三重塔は寺を象徴する建物であり、多くの参拝者が最初に目を向ける一基だ。

訪れたときに見たいところ

塔へはゆっくり近づきたい。本堂のあたりから見上げると、三つの屋根が上へ向かうにつれて内へ畳まれ、引き締まった姿に映る。円柱と深い軒は初層に重みを与え、上層になるほどその重さがほどけていく。春には周囲の桜が塔を縁取り、晩秋には背後の楓が色づいて、黒い瓦屋根がその色を受けて立つ。

塔が天王山の中腹にあるため、その姿は思いがけない場所で目に入る。隣の美術館から坂を上ってくる人は、寺の全体が見えるより先に、木々の間からのぞく相輪に気づくことが多い。山にはハイキング道が通り、山頂への道は山崎城跡を通る。勝利のあとに秀吉が築き、大坂城が完成するまで拠点とした城である。

鎌倉彫刻が収められた閻魔堂にも時間を割きたい。像高1.6メートルを超える閻魔王坐像は、険しい相に彫られ、この種の像としては日本でも屈指の作と評される。境内には、戦の折に秀吉が腰掛けたと伝わる石が示され、寺の通称「宝寺」は、ここに祀られる木製の打出と小槌に由来する。聖武天皇が龍神から授かったという古い伝えを持つものだ。

大山崎をめぐる

寶積寺は、京都と大阪に挟まれた小さな町、大山崎での半日散策の中心になる。寺のすぐ隣には、1920年代の山荘を用いたアサヒグループ大山崎山荘美術館があり、その庭からは川の平野が見渡せる。寺への上り坂は、美術館への道から分かれていく。駅の近くまで下りれば、茶人・千利休の作と伝わる小さな茶室「待庵」を擁する妙喜庵が立つ。待庵は国宝で、事前予約のうえ外観の見学となる。

この一帯はウイスキーの地としても知られる。日本最古のモルトウイスキー蒸溜所であるサントリー山崎蒸溜所は駅から歩いてすぐで、予約制で見学を受け付けている。天王山に登れば三川合流の眺めが開け、歴史に関心のある人は、1582年の合戦や、元治元年(1864年)の動乱でここに陣を構えた十七烈士をしのぶ標も見つけられる。

寺へたどり着くには少し体力がいる。最後の上りは急な舗装坂なので、特に雨の日はしっかりした靴で訪れたい。

Q&A

Q塔の内部に入れますか。
A入れません。大日如来坐像を安置する内部は非公開です。塔は境内から鑑賞するかたちで、基壇のまわりを歩き、いくつかの角度から眺めることができます。
Q本当に秀吉が一夜で建てたのですか。
Aこれは地元の言い伝えで、塔が「一夜の塔」と呼ばれる由来です。台帳は建立を慶長9年(1604年)としており、秀吉の没後6年にあたるため、一晩で建てたという話は史実ではなく伝承と考えられています。
Q寶積寺へはどう行きますか。
AJR京都線「山崎」駅、または阪急京都線「大山崎」駅から、いずれも徒歩約15分です。最後の区間は天王山の山裾を上る急な坂道になります。
Q拝観料はかかりますか。
A境内に入って塔を眺めるのは無料です。鎌倉時代の彫刻群を納めた閻魔堂は別途拝観料がかかります。拝観時間はおおむね9時から16時です。
Qいつ訪れるのがよいですか。
A塔のまわりの桜が咲く春と、楓が色づく晩秋がおすすめです。晴れていればいつでも眺めは開けており、隣の美術館と組み合わせれば気軽な半日の行程になります。

基本データ

名称寶積寺三重塔(ほうしゃくじさんじゅうのとう)
所在地京都府乙訓郡大山崎町字大山崎
寺院寶積寺(真言宗智山派)/通称・宝寺
指定区分重要文化財(大正10年〈1921年〉4月30日指定)
員数1基
年代慶長9年(1604年)/桃山時代
構造三間三重塔婆、本瓦葺、総円柱
高さ相輪頂まで約20メートル
所有者寶積寺
アクセスJR「山崎」駅・阪急「大山崎」駅から徒歩約15分
拝観おおむね9時〜16時/境内の塔の見学は無料、閻魔堂は別途拝観料

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「寶積寺三重塔」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2022
天王山 宝積寺(宝寺)公式サイト「寺院案内」
https://takaradera.net/about.html
山崎観光案内所「宝積寺(宝寺)」
https://oyamazaki.info/archives/1407
宝積寺 — ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/宝積寺

最終更新日: 2026.06.03