アサヒビール大山崎山荘美術館本館
天王山の南麓、木々に埋もれるように建つこの洋館の設計者は、専門の建築家ではない。施主である大阪の実業家・加賀正太郎(1888-1954)その人である。加賀は建物本体だけでなく、庭園や道路、家具や調度、食器の類にいたるまで自ら図面を引いた。木津川・宇治川・桂川の三川が合流する眺めをこの高台に選んだのも、若き日にイギリスのウィンザー城から見下ろしたテムズ川の光景を、ここに重ね合わせたからだと伝わる。
建設は大正期を通じて進み、昭和2年(1927)に増築が加わった。外観は、16世紀前後の英国で流行したチューダー・ゴシック様式に拠る。濃色の柱梁を白壁に見せるハーフティンバーの3階建部分と、急勾配の切妻屋根を戴く平屋部分とが、T字形の平面を構成する。屋根は遠目には瓦葺に見えるが、実際は瓦葺形に成形した鉄板葺で、絵画的な外観の下に実用が隠れている。
内部に入ると、英国の田舎家めいた外観とは趣を変え、重厚なジャコビアン様式を基調とした室内意匠が広がる。加賀は、そこに私的な遊び心と郷土への愛着を織り込んだ。応接に用いた一室には、網代を塗り込めた菱形の壁、大山崎の名産である筍を象ったレリーフ、そして加賀家の家紋を囲むグリフォン(西洋の伝説上の獣)の装飾が見える。かつて居間や食堂であった各室を、ステンドグラスと精緻な彫刻が満たしている。
登録の理由と価値
本館は平成16年(2004)7月23日、国の登録有形文化財(建造物)に登録された。同年7月に山荘内の6棟が一括して登録されており、本館のほか、二つの茶室、物見塔の栖霞楼、旧車庫、煉瓦造の入口トンネル琅玕洞が名を連ねる。本館の登録基準は「造形の規範となっているもの」。後続の設計が範とし得る水準の造形、という評価である。
この評価を支えるのは、本館が両立させた質の高さにある。田舎家風と邸館風を併せ持つ変化に富んだ外観は、周囲の地形に無理なく収まり、その奥の室内は密度の高い装飾で固められている。専門家ならぬ一施主が、豊かな財力と外遊の経験を背景にこれだけの建築を成し遂げた点が、まず注目される。加賀は英国に学び、日本人登山家の先駆としてアルプスに登り、後には現在のニッカウヰスキーの創立にも参画した。この山荘は、欧州の様式を吸収し、日本の斜面へ移し替えようとした一代の営みが、そのまま形になったものといえる。
見どころ
山荘は平成8年(1996)に美術館として再生した。加賀がしつらえた各室は、いまアサヒビール初代社長で加賀の旧友でもあった山本爲三郎が収集したコレクションを収める。山本は柳宗悦らの民藝運動を支援した人物であり、館内には河井寬次郎・濱田庄司、英国の陶工バーナード・リーチらの陶芸、そして芹沢銈介の型染や黒田辰秋の漆芸・木工が並ぶ。
建築家・安藤忠雄による二つの新館が、旧本館を圧することなく鑑賞の動線を伸ばす。斜面に半地下で沈められた円筒形の展示室「地中の宝石箱」(地中館)には、クロード・モネの《睡蓮》連作が常設される。もう一つの新館「夢の箱」(山手館)は2012年に開き、企画展の会場となっている。本館2階の旧寝室はいま喫茶室となり、テラスからは三川合流と対岸の男山まで望める。
アクセスはJR京都線山崎駅、阪急京都線大山崎駅からいずれも徒歩約10分だが、坂の勾配は急で、JR側からは無料の送迎バスが出る。駐車場はない。撮影は庭園とテラスは可、館内展示室は不可。約5500坪におよぶ池泉回遊式の庭園は、11月下旬の紅葉期にとりわけ見応えがある。
Q&A
- 山荘を設計したのは誰ですか。
- 施主の加賀正太郎自身です。建築家に委ねず、建物・庭園・家具・生活の細部まで、自ら見聞した欧州の様式を踏まえて設計しました。
- 本館は公開されていますか。
- 公開されています。本館はアサヒグループ大山崎山荘美術館の中核で、入館料を払えば見学できます。2023年までの旧称「アサヒビール大山崎山荘美術館」が、文化財の登録名称として現在も用いられています。
- 建物のほかに何が見られますか。
- コレクションの中核は民藝運動ゆかりの工芸で、安藤忠雄設計の地中館にはモネ《睡蓮》連作が常設されます。テラスの喫茶室と広大な庭園も見どころです。
- 交通手段を教えてください。
- JR山崎駅、阪急大山崎駅から徒歩約10分です。坂が急なため、JR側からは無料送迎バスが利用できます。自家用車用の駐車場はありません。
基本データ
| 名称 | アサヒビール大山崎山荘美術館本館(登録名称) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府乙訓郡大山崎町字大山崎小字銭原5-3 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録年月日 平成16年(2004)7月23日 |
| 員数 | 1棟 |
| 年代 | 大正初期/昭和2年(1927)増築(西暦1912-1925/1927増築) |
| 構造及び形式 | 鉄筋コンクリート造及び木造、地上3階地下1階建、鉄板葺、建築面積372平方メートル |
| 所有者 | アサヒグループジャパン株式会社 |
| 公開状況 | 美術館本館として一般公開(要入館料) |
References
- 国指定文化財等データベース(文化庁) — アサヒビール大山崎山荘美術館本館
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004265
- アサヒグループ大山崎山荘美術館 — 歴史
- https://www.asahigroup-oyamazaki.com/about/history/
- 文化遺産オンライン(文化庁) — アサヒビール大山崎山荘美術館本館
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/150875
最終更新日: 2026.07.02