旧東洋紡績富田工場原綿倉庫とは

旧東洋紡績株式会社富田工場原綿倉庫は、三重県四日市市富州原町にある、大正6年(1917年)に東洋紡績富田工場の原綿倉庫として建てられた煉瓦造平屋建の倉庫で、平成12年(2000年)4月28日に国の登録有形文化財(建造物)となった。工場の跡地は大型ショッピングセンターとなり、倉庫だけが残されている(四日市市)。

文化庁の記録では、煉瓦造平屋建、瓦葺、建築面積1,072平方メートル。登録番号は24-0024で、所有者は三菱UFJ信託銀行、管理者はイオンである(四日市市)。

東洋紡績最大の工場

渋沢栄一記念財団によれば、四日市の伊藤伝七は渋沢栄一の支援を受けて明治19年(1886年)に三重紡績を創業し、同社は大正3年(1914年)に大阪紡績と合併して東洋紡績が生まれた。

四日市市によれば、富田工場は大正7年(1918年)に完成した第1工場をはじめ、昭和9年(1934年)までにミシン糸工場、原綿倉庫、事務所、学院、講堂棟、社宅、寮などが建てられ、約20万平方メートルの敷地は東洋紡績の施設の中でも最大規模だったとみられる。原綿倉庫は、加工前のまだ精錬されていない綿を保管していた。

登録有形文化財としての価値

旧東洋紡績富田工場原綿倉庫は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁の解説は、東洋紡績の施設の中で最大規模を有した工場の原綿倉庫と位置づけている。

見どころ

旧東洋紡績富田工場原綿倉庫は、敷地の東南辺に沿って5つの妻面を並べる。桁行約18メートル、梁間約9メートルの切妻造の庫室5棟が一体となった形で、煉瓦の壁の四周の要所にバットレス(控え壁)を見せる(文化庁)。

四日市市によれば、木造トラスの屋根にセメント瓦を葺き、基礎は煉瓦の布基礎で、入口の上部には換気窓を設けていた。内部は煉瓦の側壁を格子組の材で保護していたが、現在は内装を一変させて飲食店が入っている。

訪れるには

旧東洋紡績富田工場原綿倉庫は、四日市市富州原町のショッピングセンターの一角にあり、飲食店として使われている(四日市市)。外観は商業施設の敷地から見られる。営業時間などは各店舗の案内を確認したい。

Q&A

Q旧東洋紡績富田工場原綿倉庫はいつ建てられましたか?
A文化庁は大正6年(1917年)、四日市市は大正7年(1918年)としています。
Q原綿倉庫には何が保管されていましたか?
A加工前のまだ精錬されていない綿です(四日市市)。
Q旧東洋紡績富田工場原綿倉庫の外観の特徴は?
A切妻造の庫室5棟が一体となり、5つの妻面を並べ、煉瓦の壁にバットレスを見せます(文化庁)。
Q旧東洋紡績富田工場原綿倉庫は今どう使われていますか?
Aショッピングセンターの一角で、内装を改めて飲食店が入っています(四日市市)。
Q旧東洋紡績富田工場原綿倉庫が登録有形文化財になったのはいつですか?
A平成12年(2000年)4月28日です。

基本情報

名称旧東洋紡績株式会社富田工場原綿倉庫(きゅうとうようぼうせきかぶしきがいしゃとみだこうじょうげんめんそうこ)
所在地三重県四日市市富州原町221-2
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成12年(2000年)4月28日登録
員数1棟
寸法煉瓦造平屋建、瓦葺、建築面積1,072平方メートル
所有者三菱UFJ信託銀行(管理者 イオン)
公開状況商業施設内で飲食店として利用、外観見学可

参考文献

旧東洋紡績株式会社富田工場原綿倉庫(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00001712
旧東洋紡績株式会社富田工場原綿倉庫(四日市市)
https://www.city.yokkaichi.lg.jp/www/contents/1001000002609/index.html
三重紡績株式会社(渋沢栄一記念財団)
https://www.shibusawa.or.jp/eiichi/yukarinochi/topic/J-0143.html

最終更新日: 2026.10.10