仇討の辻に建つ
数馬茶屋は、三重県伊賀市小田町の鍵屋の辻史跡公園内にある昭和4年(1929年)建築の休憩施設で、令和6年(2024年)12月3日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。辻の南側に東面して建つ。
鍵屋の辻は、奈良街道と伊勢街道の分岐点である。「みぎいせみち ひだりなら道」と刻んだ文政年間の道標がいまも辻に立つ。寛永11年(1634年)11月、この地で伊賀越の仇討が行われた。
岡山藩士渡辺数馬は、弟源太夫を殺した河合又五郎(川合とも表記される)を追っていた。数馬の義兄が剣客荒木又右衛門で、又右衛門は助太刀に加わる。二人が又五郎の一行を待ち受けたのが辻近くの茶店「萬屋」であったと伝わる。この一件は人形浄瑠璃や歌舞伎、講談の題材となり、近代以降は映画・テレビドラマで繰り返し演じられて、曾我兄弟の仇討・赤穂浪士の討入とともに日本三大仇討に数えられる。辻そのものは昭和13年(1938年)4月に三重県史跡の指定を受けている。
寛永の茶店はむろん残っていない。公園に建つのは、その茶屋を再現した建物である。名は数馬に由来する。
昭和4年の数寄屋意匠
建築は昭和4年、伊賀越復讐遺蹟保存会の手による。伊賀市の資料によれば、発起したのは当時の上野町長田中善助、施工にあたったのは松尾芭蕉を顕彰する俳聖殿の建築で棟梁を務めた森本源吉であるという。保存会は昭和20年(1945年)に建物を旧上野市へ譲渡し、昭和36年(1961年)に現在の公園内へ移築して修復された。
文化庁の登録原簿は「木造平屋建、瓦葺、建築面積82㎡」と記す。改修を報じた新聞は約78㎡、伊賀市の資料は83㎡としており、数値には幅がある。計測の基準の違いによるものと考えられるが、原簿の82㎡を第一とする。
屋根は入母屋造の妻入、桟瓦葺。北と東の二面に庇を矩折に廻らせる。内部は前土間で、その西に二室を配し、板間と、床の間を備えた座敷が並ぶ。土間廻りの柱や天井材には古材が用いられており、新築時から古びた姿を見せるよう仕組まれている。
仕上げは商業建築というより茶室の系譜に属する。天井は竹を並べた簀子天井。壁の一部を塗り残して下地の小舞を見せる下地窓、板を左右に引いて採光と通風を加減する無双窓。床柱や梁には手を加えない自然木を使う。座敷中央の大黒柱は、三井銀行頭取を務めた菊本直次郎の妻の実家(伊賀市西条)から譲り受けたものと言われている。
休業、改修、そして登録が動かしたもの
この三年ほど、茶屋は閉じていた。所有する伊賀市が令和4年(2022年)に耐震診断を実施したところ、大きな揺れで倒壊する可能性が高いと判定された。市は建物を借りて営業していた事業者に一旦の退去を要請し、令和5年(2023年)6月をもって営業が休止される。
登録有形文化財となったのはその後、令和6年12月3日である。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」、登録番号24-0333。ここでの登録は、名誉というより実務上の意味を持った。国の交付金の対象となり、市は令和7年(2025年)7月に耐震改修と保存修理の工事に着手する。総事業費は隣接する公衆トイレの改修を含めておよそ8600万円、うち約半額が国からの交付金で賄われた。工事は令和8年(2026年)6月中旬に完了し、6月29日には地元住民を対象とした見学会が開かれて、補強箇所と建物の文化財的価値が説明された。
営業していた事業者は継続の意思を固め、市との協議を経て令和8年7月中旬の再開を目指して準備を進めた。訪問にあたっては、伊賀市または地元観光協会で最新の状況を確認しておきたい。予告された再開日と実際の営業状況は一致するとは限らない。
公園自体は開放されており、時間の制限も入園料もない。茶屋のかたわらには文政の道標と大きな伊賀越復讐記念碑が立つ。仇討関係の資料を収めていた伊賀越資料館は休館が続いている。晩秋には数十本の紅葉が色づく。伊賀鉄道西大手駅から徒歩5〜6分、上野市駅から徒歩15分ほど。伊賀上野城と伊賀流忍者博物館はその中間にあたり、城下町を半日歩く行程に無理なく組み込める。
Q&A
- 伊賀市の数馬茶屋は営業していますか。お茶を飲めますか。
- 令和5年6月から耐震改修・保存修理のため休業していました。工事は令和8年6月中旬に完了し、事業者は同年7月中旬の営業再開を目指して準備を進めていました。予定は変わることがあるため、訪問前に伊賀市または地元観光協会へご確認ください。周囲の公園は常時開放されています。
- 数馬茶屋はいつ建てられ、いつ登録有形文化財になりましたか。
- 昭和4年(1929年)に伊賀越復讐遺蹟保存会によって建てられ、昭和36年(1961年)に現在の公園内へ移築されました。登録有形文化財となったのは令和6年(2024年)12月3日、登録番号は24-0333です。
- 数馬茶屋は寛永の仇討当時の建物ですか。
- いいえ。渡辺数馬と荒木又右衛門が待ち伏せしたと伝わる茶店は「萬屋」といい、現存しません。公園内の建物はそれを再現して昭和4年に建てられた記念的な施設です。価値は、その記念性と建物自体の意匠に置かれています。
- 数馬茶屋・鍵屋の辻への最寄り駅からのアクセスは。
- 伊賀鉄道西大手駅から徒歩5〜6分、上野市駅から徒歩15分ほどです。公園は上野の城下町の西のはずれにあたり、伊賀上野城や伊賀流忍者博物館と合わせて歩けます。車の場合は上野公園周辺の駐車場から徒歩10分程度です。
- 数馬茶屋の建築で注目すべき点はどこですか。
- 数寄屋の要素が随所に取り入れられています。竹を並べた簀子天井、壁を塗り残して小舞を見せる下地窓、板を引いて光と風を加減する無双窓、自然木の床柱と梁。屋根は入母屋造の妻入で、土間廻りの柱や天井材には古材が用いられています。
基本情報
| 名称 | 数馬茶屋(かずまぢゃや) |
|---|---|
| 所在地 | 三重県伊賀市小田町字新町裏1336他(鍵屋の辻史跡公園内) |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 24-0333 |
| 指定年 | 令和6年(2024年)12月3日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積82㎡ |
| 所有者 | 伊賀市 |
| 公開状況 | 公園は常時開放・無料。茶屋は令和5年6月から休業し、令和8年6月に改修完了、同年7月中旬の再開を予定(要確認) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)/数馬茶屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015201
- 文化遺産オンライン/数馬茶屋
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/576245
- 観光三重(三重県観光連盟)/鍵屋の辻史跡公園
- https://www.kankomie.or.jp/spot/3576
- 伊賀タウン情報YOU/国登録有形文化財に答申 伊賀市の数馬茶屋
- https://www.iga-younet.co.jp/2024/07/19/92986/
- 中日新聞/伊賀市の数馬茶屋、改修工事が完了
- https://www.chunichi.co.jp/article/1274341
- 三重の文化(三重県)/数馬茶屋
- https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/Miebunka/detail?cls=cult_col01&pkey=0000001409
最終更新日: 2026.08.10