長谷園離れとは

長谷園離れ(ながたにえんはなれ)は、三重県伊賀市丸柱にある伊賀焼の窯元・長谷園の主屋の北西に渡廊下でつながる明治期(1868〜1912年)の木造平屋建の客間で、平成27年(2015年)3月26日に登録有形文化財となった。

長谷園離れは東西に棟を通して建ち、屋根は切妻造の桟瓦葺、周囲に下屋をめぐらす。建築面積は62平方メートル。主屋とは渡廊下で結ばれ、その先は敷地の西端に建つ大正期の別荘へと続いている。

八畳二室の客間と座敷飾

長谷園離れの内部は、八畳の和室を二室並べた構成である。伊賀市の解説も「8畳2間続き」と記している。三方に縁をめぐらし、庭の側は建具を開け放てるつくりとして、座敷から庭を広く眺められるようにしている。

二室のうち西の部屋が主室で、座敷飾を備える。客を迎える座敷として床の間などの設えを整えた部屋が、家族の暮らす主屋とは別棟に、渡廊下を伝った先に置かれていることになる。

庭に向かって開いた南側とは対照的に、背面の北側は左右の土蔵と外観をそろえている。文化庁は、背面について左右の土蔵との外観の統一が図られていると記しており、東の長谷園蔵、西の奥の蔵と並んで、屋敷の北側に一続きの壁面をつくっている。

主屋と別荘をつなぐ長谷園離れ

長谷園離れは「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁は、客間であるとともに、別荘へ渡るための機能もあわせ持つ点を挙げている。

伊賀市の解説によれば、別荘は大正期に増築され、主屋から離れを経て廊下でつながる。明治期の主屋と大正期の別荘のあいだに、明治期の長谷園離れが位置し、二つの時代の住まいを一本の動線で結ぶ蝶番の役を果たしている。三重県が長谷園の価値として挙げる、明治から大正にかけての住まいの建物群は、この離れを介して一つにまとまっている。

長谷園離れの見学

長谷園離れは住まいの区画にあり、ふだんは公開されていない。外部の旅行企画では、通常は非公開の家屋と庭園を案内する特別見学が紹介されたことがある。

庭に面した座敷や北面の外観がどこから見えるかは確認できていない。散策エリアの営業時間と行き方は長谷園のページにまとめてある。

Q&A

Q長谷園離れはどのような建物ですか?
A主屋の北西に渡廊下でつながる明治期の客間です。八畳二室を並べ、西の主室に座敷飾を備えています。
Q長谷園離れと別荘の関係は?
A長谷園離れは別荘へ渡るための通路の役もかねており、主屋から離れを経て廊下で別荘につながっています。
Q長谷園離れの外観の特徴は何ですか?
A切妻造桟瓦葺で周囲に下屋をめぐらし、三方に縁を付けています。背面は左右の土蔵と外観をそろえています。
Q長谷園離れは見学できますか?
A住まいの区画にあり、ふだんは公開されていません。
Q長谷園離れが登録有形文化財になったのはいつですか?
A平成27年(2015年)3月26日です。建築は明治期(1868〜1912年)です。

基本情報

名称長谷園離れ
所在地三重県伊賀市丸柱569
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成27年(2015年)3月26日登録
員数1棟
寸法建築面積62平方メートル(木造平屋建、切妻造桟瓦葺)
所有者記載なし(文化庁データベース)
公開状況通常非公開

参考文献

国指定文化財等データベース 長谷園離れ(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010466
文化遺産オンライン 長谷園離れ
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/277746
国指定文化財等データベース 長谷園別荘(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010465
三重県 答申された文化財の概要(PDF)
https://www.pref.mie.lg.jp/common/content/000371116.pdf
伊賀市デジタルミュージアム 長谷園大正館・登り窯・主屋ほか
https://adeac.jp/iga-city/catalog/mp404530-100040
伊賀焼窯元 長谷園 店舗情報
https://igamono.co.jp/at-first/shop/
THE KANSAI GUIDE 老舗窯元 長谷園の特別見学ツアー
https://www.the-kansai-guide.com/ja/article/item/20288/

最終更新日: 2026.10.05