和歌山街道に南面する薬種商の主屋
佐野家住宅主屋は、三重県松阪市飯南町深野にある明治前期の木造平屋建住宅で、平成25年(2013年)6月21日に国の登録有形文化財(建造物)となった。
佐野家は江戸時代後期から近年まで薬種問屋を営み、のちに薬局を構えた。地元では「佐野翠香堂」の屋号で通っている。敷地は櫛田川の北岸に沿って東西に走る和歌山街道に面し、主屋はその街道に南面して建つ。和歌山街道は紀州藩の本城と松阪を結ぶ藩道であり、伊勢参宮や吉野詣の道、そして海産物や塩を大和へ運ぶ交易路でもあった。薬種を商う家がこの街道沿いに構えを持った理由は、地図を見れば見当がつく。
建築面積は172平方メートル。屋根は切妻造の桟瓦葺で、装飾の少ない実用的な構えである。街道側から眺めたとき、まず目につくのは正面の建ちの低さだろう。軒が地面に近い。この比率は当地域の住宅のなかでも古い形式に属し、明治初年代という年代観を裏づける手がかりになっている。
通り土間と食違二列六間取
内部の平面は、紀伊半島の街道筋に構えた商家に共通する形をとる。東側には通り土間が前後に貫通し、その西側に座敷が並ぶ。荷の出入りも台所仕事も土間で完結し、畳の上を土足が横切らずに済む。
座敷は六間。二列に並ぶが、前後の列がぴたりと揃わず、少しずつずれている。食違二列六間取と呼ばれる構成である。このずれによって、客を奥へ通す動線から私的な部屋への見通しが自然に切れる。間取り図の上では小さな操作だが、住まい手にとっては大きい。
東側には明治中期(1883年から1897年)に増築部が接続した。東西棟で、二室と縁が取り付く。さらに昭和11年(1936年)と昭和37年(1962年)に改修が加えられている。内部の仕上げに新しく見える箇所があるのは、この二度の手入れによるものと考えられる。
登録が守ろうとしたもの
登録有形文化財の制度は平成8年(1996年)に始まった。重要文化財の指定が現状変更に厳格な制限を課すのに対し、登録は所有者が建物を使い続けながら保存できるよう設計された、いわば緩やかな仕組みである。現に人が住み、これからも住み続ける家屋を制度に載せるには、この緩さが必要だった。
主屋の登録番号は24-0150、第75回登録による。適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」であった。評価の対象が建物単体ではなかったことは、同じ日に小蔵(24-0151)、石垣(24-0152)、土塀(24-0153)が並んで登録されていることからも読み取れる。
深野の集落は傾斜地に開けている。佐野家の敷地も、もとの斜面を削平して平坦地としたものと考えられており、東・北・西の三辺は石積みで土留めされ、その上部は土塀または生垣で画されている。主屋・小蔵・石垣・土塀の四件がそろって残ることで、明治期の在郷商家がどのように敷地を構えていたかが一続きの姿として把握できる。一棟が残るだけでは分からないことが、ここでは分かる。
訪ねるにあたって
佐野家住宅は個人の所有であり、現在も生活の場である。内部の公開は行われておらず、公開日も拝観料も設定されていない。見学は敷地外の公道からの外観のみとし、門内へ立ち入ることや、住居部分に向けて撮影することは控えたい。公道からの外観撮影に制限はないが、居住者への配慮が前提となる。
公共交通で向かう場合、JR・近鉄の松阪駅から飯高地域振興局方面行きのバスに乗り、深野バス停まで約35分。車では伊勢自動車道の松阪インターチェンジから国道166号経由で約30分の距離にある。国道166号は、和歌山街道のルートをほぼそのまま踏襲している。
時間に余裕があれば、街道から山側へ足を延ばすとよい。深野のだんだん田は白猪山の南麓に約120段の石積みの棚田が連なる景観で、平成11年(1999年)に日本棚田百選に選定された。バス停から2キロメートルほど、徒歩20分から30分の坂道である。棚田を支える石積みと佐野家の敷地を支える石垣は、いずれも川原の玉石を用いた同じ地域の技術に根ざしている。両方を続けて見ると、この土地が石とどう付き合ってきたかが見えてくる。
Q&A
- 佐野家住宅主屋は内部を見学できますか。公開日や拝観料はありますか。
- 佐野家住宅主屋は個人所有の住宅で、内部は公開されていません。公開日や拝観料の設定もありません。見学は敷地に面した公道からの外観のみとしてください。
- 佐野家住宅主屋へのアクセス方法を教えてください。
- 所在地は三重県松阪市飯南町深野字田之浦3490-1です。JR・近鉄松阪駅から飯高地域振興局方面行きバスで約35分、深野バス停下車。車の場合は伊勢自動車道松阪インターチェンジから国道166号経由で約30分です。
- 佐野家住宅主屋はいつ建てられ、いつ登録されたのですか。
- 文化庁のデータベースでは主体部を明治前期(1868年から1882年)とし、明治中期(1883年から1897年)に増築、昭和11年(1936年)と昭和37年(1962年)に改修とされています。登録有形文化財としての登録は平成25年(2013年)6月21日です。
- 佐野家住宅主屋の間取りにはどのような特徴がありますか。
- 主体部は東に通り土間を通し、その西側に座敷を食違二列六間取で配します。加えて正面の建ちが低く、この地域の住宅のなかでも古い形式を示す点が評価されています。
- 佐野家住宅主屋のほかに登録されている建物はありますか。
- 同じ敷地の小蔵(登録番号24-0151)、石垣(24-0152)、土塀(24-0153)が、主屋(24-0150)と同日の平成25年6月21日に登録されています。四件で一つの屋敷構えを構成しています。
基本情報
| 名称 | 佐野家住宅主屋(さのけじゅうたくしゅおく) |
|---|---|
| 所在地 | 三重県松阪市飯南町深野字田之浦3490-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 24-0150 |
| 指定年 | 平成25年(2013年)6月21日登録(第75回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積172平方メートル |
| 所有者 | 個人(文化庁データベースに所有者名の記載なし) |
| 公開状況 | 非公開。公道からの外観のみ見学可 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)佐野家住宅主屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009617
- 松阪市 佐野家住宅主屋、佐野家住宅小蔵、佐野家住宅石垣、佐野家住宅土塀
- https://www.city.matsusaka.mie.jp/site/culture-info/sanokejyutaku.html
- 文化遺産オンライン 佐野家住宅主屋
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/273533
- みえの歴史街道 和歌山街道(三重県)
- https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/kaidou/rekisi/rekisi8/index.htm
- 観光三重 日本棚田百選「深野のだんだん田」
- https://www.kankomie.or.jp/spot/2215
最終更新日: 2026.08.02