2階に逗留客を泊めた土蔵
不忘閣座敷蔵は、宮城県柴田郡川崎町の青根温泉にある旅館「湯元不忘閣」の敷地に建つ土蔵造2階建の蔵で、明治29年(1896年)頃に建てられ、平成26年(2014年)12月19日に国の登録有形文化財に登録された。
敷地の北寄りに南北一列に並ぶ3棟の土蔵の中央にあたり、南の文庫蔵と北の穀蔵の間に建つ。3棟は一体の置屋根を架ける。規模は桁行11メートル、梁間5.5メートル、建築面積59平方メートルで、3棟のうちもっとも大きい。屋根は鉄板葺である。
名前が示すとおり、この蔵の2階はもともと座敷で、逗留客に供されていた。蔵を客の居室に充てていたことは文化庁の解説にも記されており、不忘閣座敷蔵をほかの2棟から分ける来歴である。
蔵と客間を兼ねる造り
東面に戸口を2か所設ける。外壁は漆喰塗で上部に鉢巻を廻らせ、1階の腰と、2階東面の腰を海鼠壁とする。2階の外壁にまで海鼠壁を張り上げているのは、3棟のうち不忘閣座敷蔵だけである。
土蔵の2階を人の居室にする使い方は、火に強い蔵の性質と、長く滞在する湯治客の多い宿の事情とが重なって生まれたものである。1階で物を納め、2階で客を迎える、という二つの役割を一つの蔵が担っていた。
宮城県の解説には、川端康成がこの建物の2階に泊まって執筆したと伝わるとある。一方、宿の公式サイトは、芥川龍之介が滞在した土蔵が敷地内にあると案内している。二つの伝えが同じ蔵を指すのかどうかは、手元の資料からは確かめられない。
登録の基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。宮城県によれば、現在の不忘閣座敷蔵は倉庫として使われている。
見どころ
東面の前に立ち、2つの戸口と、2階まで張り上げた海鼠壁を確かめたい。格子に並ぶ平瓦と盛り上がった漆喰の目地が、1階の腰から2階の東面へと段を変えて続いている。
一列の土蔵のなかで、座敷蔵は南北の2棟より一回り大きい。3棟を一つの置屋根が覆っているので、並びを東から眺めると、中央の蔵の桁行がもっとも長いことが分かる。
見学の条件
不忘閣座敷蔵は現在倉庫として使われており、内部は公開されていない。宿泊客であれば、敷地の北寄りに並ぶ土蔵の外観を見ることができる。
撮影は宿の案内に従い、ほかの宿泊客が写り込まないよう気を配りたい。宿泊しない場合は、敷地に立ち入らないこと。
Q&A
- 不忘閣座敷蔵はいつ建てられましたか?
- 明治29年(1896年)頃の建築です。敷地の北寄りに一列に並ぶ3棟の土蔵の中央に建っています。
- 不忘閣座敷蔵の名前の由来は何ですか?
- 2階がもともと座敷として使われ、逗留客の居室に充てられていたことによります。
- 不忘閣座敷蔵に川端康成が泊まったというのは本当ですか?
- 宮城県の解説に、川端康成がこの蔵の2階に泊まって執筆したと伝わるとあります。宿は芥川龍之介が滞在した土蔵があると案内しており、両者が同じ蔵を指すかは確かめられていません。
- 不忘閣座敷蔵の中は見学できますか?
- 現在は倉庫として使われており、内部は公開されていません。宿泊客は敷地内から外観を見ることができます。
- 不忘閣座敷蔵はいつ登録有形文化財になりましたか?
- 平成26年(2014年)12月19日に登録されました。登録番号は04-0101です。
基本情報
| 名称 | 不忘閣座敷蔵(ふぼうかくざしきぐら) |
|---|---|
| 所在地 | 宮城県柴田郡川崎町青根温泉1-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)、登録番号04-0101 |
| 指定年 | 平成26年(2014年)12月19日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 土蔵造2階建、鉄板葺、建築面積59平方メートル、桁行11メートル・梁間5.5メートル |
| 所有者 | 文化庁データベースに記載なし(旅館「湯元不忘閣」の建物) |
| 公開状況 | 営業中の旅館の敷地内。現在は倉庫で内部非公開 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁):不忘閣座敷蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010251
- 文化遺産オンライン:不忘閣座敷蔵
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/244645
- 宮城県:登録有形文化財(建造物)に登録されました(平成26年12月19日)
- https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/bunkazai/touroku-toushin.html
- 湯元不忘閣 公式サイト:歴史
- https://www.fubokaku.com/history.html
最終更新日: 2026.09.25