大嶽山興福寺書院及び庫裏とは

大嶽山興福寺書院及び庫裏は、宮城県登米市南方町本郷にある天台宗寺院興福寺の、明治中期に建てられた木造平屋建一部2階建の書院と庫裏で、令和3年(2021年)2月4日に国の登録有形文化財(建造物)となった。読みは「おおだけさんこうふくじしょいんおよびくり」。境内の中央に南を向いて建つ(文化庁)。

文化庁の記録では、木造平屋建一部2階建、銅板及び鉄板葺、建築面積312平方メートル。大正11年(1922年)と昭和56年(1981年)に改修されている。登録番号は04-0181で、所有者は宗教法人大嶽山興福寺である。

大嶽の観音さん

登米市によれば、興福寺は奥州三十三観音霊場の第十番札所で、地元では「大嶽の観音さん」と呼ばれている。焼失が重なって古い記録はなく由緒は不明だが、坂上田村麻呂が807年にこの地の豪族を討ち、その塚の上に観音堂を建てたのが始まりという説が伝わる(登米市)。

境内には観音堂を中心に、薬師堂、白山堂、鐘楼、六角堂などが建つ(登米市)。書院と庫裏は、寺の日常の営みを担う建物にあたる。

登録有形文化財としての価値

興福寺書院及び庫裏は「造形の規範となっているもの」として登録された。文化庁の解説は、書院を前後2列の室配置を基本に素朴に造りながら、北西の座敷の床構えに色ガラスを用いるなど、先駆的な試みも見せていると評価している。

見どころ

興福寺書院及び庫裏は、西側を寄棟造の書院、東側を正面入母屋造の庫裏とし、書院の正面東端に軒唐破風造の屋根を付けている(文化庁)。正面から見ると、寄棟と入母屋という形の違う屋根が左右に並び、その境に唐破風が加わる。

書院の北西の座敷には、床構えに色ガラスが使われている(文化庁)。明治の寺院の座敷に色ガラスを取り入れた例として、文化庁の解説が特に挙げている部分である。

見学について

興福寺書院及び庫裏の内部公開について、公的な案内は見当たらなかった。外観は境内から見ることができる。所在地は登米市南方町本郷大嶽18番地。毎年4月には大嶽山春まつりが開かれる(登米市)。

Q&A

Q興福寺書院及び庫裏はいつ建てられましたか?
A明治中期で、大正11年(1922年)と昭和56年(1981年)に改修されています(文化庁)。
Q興福寺書院及び庫裏の外観の特徴は?
A西に寄棟造の書院、東に正面入母屋造の庫裏を並べ、書院正面の東端に唐破風の屋根を付けています(文化庁)。
Q興福寺書院の座敷の見どころは?
A北西の座敷の床構えに色ガラスを用いた点です(文化庁)。
Q大嶽山興福寺書院及び庫裏が登録有形文化財になったのはいつですか?
A令和3年(2021年)2月4日です。
Q大嶽山興福寺はどんなお寺ですか?
A天台宗の寺院で、奥州三十三観音霊場第十番札所です。地元では「大嶽の観音さん」と呼ばれています(登米市)。

基本情報

名称大嶽山興福寺書院及び庫裏(おおだけさんこうふくじしょいんおよびくり)
所在地宮城県登米市南方町本郷大嶽18
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和3年(2021年)2月4日登録
員数1棟
寸法木造平屋建一部2階建、銅板及び鉄板葺、建築面積312平方メートル
所有者宗教法人大嶽山興福寺
公開状況外観は境内から見学可(内部公開の公的案内なし)

参考文献

大嶽山興福寺書院及び庫裏(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013476
奥州三十三観音大嶽山興福寺(登米市)
https://www.city.tome.miyagi.jp/koho/tourism/library/tazunearuki/minamikata02.html

最終更新日: 2026.10.06