連隊が去り、大学が残した煉瓦倉庫

旧松本歩兵第五十連隊糧秣庫(信州大学医学部資料室)は、長野県松本市旭の信州大学松本キャンパス内に建つ明治41年(1908年)頃の煉瓦造倉庫で、平成24年(2012年)8月13日に国の登録有形文化財(建造物)となった。

地元では短く「赤レンガ倉庫」と呼ばれる。

名称にある糧秣という語は分解して読むとわかりやすい。糧は兵員の食糧、秣は軍馬の飼料となる草を指す。明治後期の歩兵連隊は人と馬の双方で動いており、この建物にはその両方が積まれた。

松本歩兵第五十連隊は日露戦争のさなかの明治38年(1905年)に編成され、明治41年から松本に駐屯した。倉庫の建設もこの頃と考えられている。松本にはまもなくもう一つの施設が加わる。大正8年(1919年)、全国で九番目の高等学校として松本高等学校が置かれた。以後四半世紀にわたり、この街は連隊と旧制高校を同時に抱え、市民は兵士と学生の双方と隣り合って暮らすことになる。

やがて陸軍が解体される。空いた連隊跡地には松本医学専門学校が移り、昭和24年(1949年)に信州大学が発足すると敷地は新制大学へ引き継がれた。連隊の建物の多くは木造で、新校舎の建設に伴い昭和30年代以降に解体されている。煉瓦造のこの一棟が残ったのは、壊すに手間がかかり、使うには具合がよかったからだろう。薬品倉庫として使われ、研究室となり、現在は医学部資料室の名を持つ。

イギリス積、欠円アーチ、キングポストトラス

桁行36.3メートル、梁間9.1メートル。文化庁の記録では建築面積330平方メートルである。信州大学は延床面積331平方メートルとしており、平屋建の同一の建物を測る基準の差にすぎない。いずれにせよ、細長く低い量塊に切妻造桟瓦葺の屋根が架かる。

外壁はイギリス積。煉瓦の長手だけを見せる段と、小口だけを見せる段とを交互に積み上げる技法である。壁面に沿って視線を送れば横縞の律動がすぐに読み取れる。明治期の官庁・軍事建築における標準的な積み方で、明治初期にお雇い外国人技師が伝えた工法が全国の軍施設に広がった。構造的に強く、同時にこの建物を誰が建てたのかを静かに示してもいる。

戸口は四箇所、北面に三箇所と西面に一箇所。その間を埋めるのが窓で、多くの人が写真に収めるのもここである。窓上には欠円アーチが架かる。円弧の一部でありながら半円に至らないアーチで、迫り上がりが低く横に広い。煉瓦造では開口部の上に必要な壁高を抑えられるため、壁を高くせずに窓数を確保できる。36メートルの立面に沿って同じ形が並ぶと、一定の拍が生まれる。

小屋組はキングポストトラス。頂点から陸梁の中央へ一本の垂直材を下ろし、そこから斜材を左右に張る三角形の構成である。9.1メートルの梁間を柱なしで飛ばせるため、俵や樽を積み下ろしする倉庫にはこれ以上ない選択となる。

用途が変わるたびに内部は手が入り、幾度も改修されてきた。一方で外部の改変は少ない。この非対称こそ登録の根拠である。外観は明治の軍用倉庫の姿を保ち、内部は大学が受け継いだ建物をどう使ってきたかの記録になっている。

見学方法と、保存修理の現況

見学には条件がある。資料室の内部には入れない。外観の見学を希望する場合は、事前に信州大学医学部庶務係(0263-37-2572)へ連絡することが求められている。ここは稼働中のキャンパスであって受付窓口を備えた文化財施設ではない。事前連絡は形式ではなく実務上の要請である。

したがって、松本を歩くなかに組み込むのが現実的だろう。松本キャンパスは市街の東側にあり、松本城から歩いて行ける距離にある。県キャンパスに残る旧制松本高等学校の校舎は旧制高等学校記念館として保存されており、先に触れた「武」と「学」の対をなすもう半分を担う。松本キャンパスには第五十連隊に由来する煉瓦造の建物が他にも残っており、糧秣庫は孤立した断片ではない。

建物の状態は現在進行形の課題である。平成31年(2019年)の時点で天井の雨漏りと内装のひび割れが報告されていた。同年、信州大学は創立70周年と旧制松本高等学校100周年にあわせ、人文学部・医学部・工学部を中心とする赤レンガ倉庫プロジェクト実行委員会を立ち上げ、修繕と利活用に取り組んでいる。クラウドファンディングが行われ、保存活用をめぐるシンポジウムも開催された。その報告書は後年、この空間で活動する学生グループにも参照されている。令和7年(2025年)1月には人文学部のゼミがこの建物を会場に美術展示を行っており、利活用の議論は書面の段階を越えている。

訪問時点で修理が完了しているかどうかは、直接確認しておきたい。足場が組まれていたり近接が制限されていたりすれば、見られる範囲が変わるためである。信州大学大学史資料センターが最新情報を公開しているほか、キャンパスに残る連隊由来の建物を収めた歴史探訪マップも発行している。現地を歩くなら、この一冊が最も役に立つ。

季節を選べるなら冬がいい。葉の落ちた木立、北面を低く舐める日射し、背後の北アルプスの雪に対して立つ煉瓦の赤。実用のために設計された建物であって、写真映えを狙ってはいない。何も覆い隠すもののない季節にこそ、その素性が見えてくる。

Q&A

Q旧松本歩兵第五十連隊糧秣庫はどこにありますか。
A長野県松本市旭3-696-1、信州大学松本キャンパス内にあります。松本市街の東側で、松本城から歩いて行ける距離です。
Q旧松本歩兵第五十連隊糧秣庫は見学できますか。
A内部には入れません。外観の見学を希望する場合は、事前に信州大学医学部庶務係(0263-37-2572)へ連絡してください。拝観受付や決まった公開時間はありません。
Q旧松本歩兵第五十連隊糧秣庫は何に使われていましたか。
A連隊の糧秣、つまり兵員の食糧と軍馬の飼料を保管する倉庫でした。戦後は薬品倉庫、研究室と用途を変え、現在は信州大学医学部の資料室となっています。
Q旧松本歩兵第五十連隊糧秣庫の規模はどのくらいですか。
A煉瓦造平屋建の1棟で、桁行36.3メートル、梁間9.1メートル、建築面積330平方メートル。屋根は切妻造桟瓦葺です。
Q旧松本歩兵第五十連隊糧秣庫の建築的な見どころは何ですか。
Aイギリス積の外壁、北面三箇所と西面一箇所の戸口、立面に連続する欠円アーチ窓、そして柱を立てずに梁間を飛ばすキングポストトラスの小屋組です。
Q旧松本歩兵第五十連隊糧秣庫はいつ登録されましたか。
A平成24年(2012年)8月13日に登録有形文化財となりました。登録番号は20-0423、建物自体は明治41年頃の建築です。

基本情報

名称旧松本歩兵第五十連隊糧秣庫(信州大学医学部資料室)
所在地長野県松本市旭3-696-1(信州大学松本キャンパス内)
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 20-0423
指定年平成24年(2012年)8月13日 登録(第73回)
員数1棟
寸法煉瓦造平屋建、瓦葺、桁行36.3メートル、梁間9.1メートル、建築面積330平方メートル
所有者国立大学法人信州大学
公開状況内部非公開。外観見学は事前連絡制(0263-37-2572)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース — 旧松本歩兵第五十連隊糧秣庫(信州大学医学部資料室)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009276
文化遺産オンライン — 旧松本歩兵第五十連隊糧秣庫(信州大学医学部資料室)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/284079
信州大学 大学史資料センター — 信州大学の歴史遺産探訪-2 旧松本歩兵第五十連隊 糧秣庫
https://www.shinshu-u.ac.jp/institution/library/archives/news/introduction/post-23.html
松本市 — 旧松本歩兵第五十連隊糧秣庫
https://www.city.matsumoto.nagano.jp/soshiki/134/3777.html

最終更新日: 2026.08.20