善光寺街道に西面する本棟造の主屋

平林家住宅主屋は、長野県塩尻市広丘原新田にある江戸時代末期の民家で、平成30年(2018年)3月27日に国の登録有形文化財に登録された(登録番号20-520)。善光寺街道沿いに敷地を構えて西に正面を向け、破風の上に雀踊りの棟飾りを戴く本棟造の外観をよく残している。

木造平屋建、銅板葺で、間口16メートル、奥行13メートルの切妻造・妻入。建築面積は182平方メートルある。平成8年(1996年)に改修を受けている。

長野県内には松本市笹賀と大町市にも同じ名称の平林家住宅主屋が登録されているが、それぞれ別の家の別の登録である。

庄屋を務めた旧家と明治天皇の小休所

塩尻市の解説によれば、平林家はもと武田信玄の家臣と伝えられ、寛文年間(1661〜1672年)にこの地へ移って庄屋を務めた旧家である。主屋の建築年代は、箱階段に慶応3年(1867年)の墨書があることから、その頃と考えられている。文化庁のデータベースも年代を江戸末期としている。

明治13年(1880年)6月24日と25日、明治天皇がこの地方を巡幸した際には、平林家住宅主屋が御小休所として使われた。街道沿いの庄屋の家が、休憩の場に選ばれたことになる。

式台玄関から上座敷へ続く構え

床上部はもと二列四室の間取りで、式台玄関から下座敷、上座敷へと続く格式ある構えがよく残っている。客を迎える表の部屋を段階的に奥へ並べた配置は、村の役を担った家の住まいらしい。

外から見るべきは、街道に向いた西の妻面である。大きな切妻の破風板の頂に雀踊りの棟飾りが載り、本棟造らしい堂々とした表構えをつくる。文化庁はこの主屋を「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録し、街路から見た屋敷構えの良さを評価している。

見学方法とアクセス

平林家住宅主屋は個人の住まいで、一般公開の案内は見当たらない(2026年10月時点)。敷地に入ることや内部を見学することはできない。主屋は善光寺街道に正面を向けて建つので、外観は道から眺めることができる。住人や近隣の迷惑にならないよう、立ち止まる時間は短めにし、撮影する場合も配慮したい。

最寄り駅はJR篠ノ井線の広丘駅で、主屋は駅から北へ直線でおよそ350メートルの位置にある。見学施設ではないため来訪者用の駐車場はなく、電車と徒歩で訪ねるのがよい。

Q&A

Q塩尻市の平林家住宅主屋はいつ建てられましたか?
A江戸時代末期です。箱階段に慶応3年(1867年)の墨書があり、その頃の建築と考えられています。平成8年(1996年)に改修されています。
Q平林家住宅主屋(塩尻市)が登録有形文化財に登録されたのはいつですか?
A平成30年(2018年)3月27日に、登録番号20-520として国の登録有形文化財に登録されました。
Q平林家住宅主屋(塩尻市)は見学できますか?
A個人の住まいのため、一般公開の案内は見当たりません(2026年10月時点)。善光寺街道に面しているので、外観は道から見ることができます。
Q平林家住宅主屋(塩尻市)の最寄り駅はどこですか?
AJR篠ノ井線の広丘駅で、主屋は駅から北へ直線でおよそ350メートルのところにあります。
Q平林家住宅主屋(塩尻市)と明治天皇にはどのような関わりがありますか?
A明治13年(1880年)6月24日と25日の巡幸の際、この主屋が御小休所として使われました。

基本情報

名称平林家住宅主屋(塩尻市広丘原新田)
所在地長野県塩尻市大字広丘原新田字新田166-1
指定区分登録有形文化財(建造物)、登録番号20-520
指定年平成30年(2018年)3月27日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、銅板葺、建築面積182平方メートル、間口16メートル、奥行13メートル
所有者個人
公開状況非公開(個人住宅。外観は善光寺街道から見られる)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)— 平林家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00012149
文化遺産オンライン — 平林家住宅主屋(塩尻市)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/387728
塩尻市公式ホームページ — 平林家住宅
https://www.city.shiojiri.lg.jp/site/bunkazaihouhou/29607.html
塩尻市観光協会 — 塩尻市の国登録有形文化財 建造物
https://tokimeguri.jp/guide/yukeibunkazai-tatemono/

最終更新日: 2026.10.06