小菅神社奥社本殿とは
小菅神社奥社本殿は、長野県飯山市大字瑞穂にある室町時代の岩陰に建つ懸造の本殿で、昭和39年(1964年)5月26日に国の重要文化財に指定された(文化庁)。読みは「こすげじんじゃおくしゃほんでん」。
文化庁の記録では、懸造、桁行四間、梁間四間、一重、入母屋造、妻入、銅板葺で、附として宮殿2基があわせて指定されている。指定番号は01583である。
文化庁の記録は、年代欄を天文年間(1532〜1555年)とする一方、解説文では永正5年(1508年)ごろの建築とする。
修験の山の岩陰の社
小菅神社奥社本殿は、桁行四間・梁間四間の一重・入母屋造・妻入・銅板葺の懸造の本殿で、附として宮殿2基があわせて指定されている(文化庁)。文化庁の解説は、室町時代の永正5年(1508年)ごろの建築で、修験道に関わる建築として珍しいものとする。
飯山市によれば、本殿は小菅山の中腹、標高約840メートルの岩陰に建つ。白鳳8年(679年)に修験道の開祖とされる役小角が岩窟内に八所権現の宮殿を建てたのが始まりと伝わり、天正19年(1591年)に大修理が行われた。内陣には小菅信仰の根源とされる湧水「甘露池」がある。
重要文化財としての価値
文化庁は、修験道に関わる建築として珍しいものと評価している。
見どころ
岩陰に寄せて建てた懸造の構えと、内陣の湧水「甘露池」が見どころである(飯山市)。
見学について
小菅神社が所有する(文化庁)。飯山市によれば、三の鳥居から奥社までは約1.2キロメートルの参道で、約180本の杉並木と巨石の間を登り、奥社の手前の岩場は急な斜面である。拝観の時期などの公的な案内は確認できなかった。
Q&A
- 小菅神社奥社本殿はいつ建てられましたか?
- 文化庁の解説は永正5年(1508年)ごろとし、年代欄は天文年間とします。
- どこに建っていますか?
- 小菅山の中腹、標高約840メートルの岩陰です(飯山市)。
- 附として指定されているものは?
- 宮殿2基です(文化庁)。
- 参道の長さは?
- 三の鳥居から約1.2キロメートルです(飯山市)。
- 小菅神社奥社本殿が重要文化財に指定されたのはいつですか?
- 昭和39年(1964年)5月26日です(文化庁)。
基本情報
| 名称 | 小菅神社奥社本殿(こすげじんじゃおくしゃほんでん) |
|---|---|
| 所在地 | 長野県飯山市大字瑞穂 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) |
| 指定年 | 昭和39年(1964年)5月26日指定 |
| 員数 | 1棟(附 宮殿2基) |
| 寸法 | 懸造、桁行四間、梁間四間、一重、入母屋造、妻入、銅板葺 |
| 所有者 | 小菅神社 |
| 公開状況 | 三の鳥居から参道約1.2km(飯山市) |
参考文献
- 小菅神社奥社本殿(国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/962
- 小菅の里及び小菅山の文化的景観 保存活用計画(飯山市)
- https://www.city.iiyama.nagano.jp/assets/files/gakusyushien/bunkazai/hozonkatuyoukeikaku(2).pdf
最終更新日: 2026.10.23