野沢温泉ロッヂ:ル・コルビュジエの弟子が雪国に生んだ名建築

長野県下高井郡野沢温泉村の長坂ゲレンデのすぐ脇に佇む「野沢温泉ロッヂ」は、日本の雪国建築を代表する傑作のひとつです。ル・コルビュジエの直弟子として知られる建築家・吉阪隆正とU研究室の設計により1969年に竣工したこの建物は、緑色の鉄板で覆われたどんぐり型のドーム建築で、半世紀以上にわたり野沢温泉村のシンボルとして親しまれてきました。2024年には国登録有形文化財への登録が答申され、その建築的・文化的価値が改めて認められました。

歴史的背景:建築家・吉阪隆正とその思想

吉阪隆正(1917〜1980)は、前川國男・坂倉準三と並ぶル・コルビュジエの三人の日本人弟子のひとりです。1950年にフランス政府給付留学生として渡仏し、1952年までル・コルビュジエのパリのアトリエに勤務。マルセイユのユニテ・ダビタシオンをはじめとする重要プロジェクトに携わりました。帰国後は早稲田大学構内に吉阪研究室(のちのU研究室)を設立し、モダニズムの原理を日本の風土や気候に適応させた独自の建築設計活動を展開しました。

吉阪は同時に情熱的な登山家・探検家でもありました。1960年には早稲田大学アラスカ・マッキンリー遠征隊の隊長としてマッキンリー(現デナリ)に登頂。日本山岳会理事や日本雪氷学会の理事も務め、寒冷地や積雪地における建築のあり方を学術的にも追究しました。アルピニストとしての経験は、過酷な自然環境の中で人間と自然の境界となる「外皮」の設計に直結しており、黒沢池ヒュッテやアルコー会ヒュッテに見られるドーム型山小屋の系譜の中に、この野沢温泉ロッヂも位置づけられています。

文化財指定の理由:なぜ評価されたのか

野沢温泉ロッヂが国登録有形文化財に登録答申された背景には、複数の観点からの高い評価があります。

まず「作家性」の面では、ル・コルビュジエの薫陶を受けた日本を代表する建築家・吉阪隆正の作品として、戦後日本のモダニズム建築の重要な一例であることが認められました。吉阪が生涯をかけて追求した「自然環境に即した建築のあるべき形」が明確に表現されている点が高く評価されています。

次に「地域性」の面では、積雪量が3メートルを超す豪雪地帯において、鋼板で葺かれた屋根と外壁が自然落雪を可能にし、毎冬何度も行う危険な雪下ろし作業を不要にした合理的な設計が注目されました。また、中央の吹き抜けらせん階段は、1階のストーブの暖気を建物全体に行き渡らせる効果も備えています。

さらに、現オーナーによる元の設計への忠実な復元工事が、近代建築遺産の保存活用の模範事例として評価されました。吉阪の残した設計図を基に、仲間たちとともに約1年をかけて当時の空間構成に戻すリノベーションを実施したことが、登録答申に至る大きな要因となっています。

建築の見どころ:ユニークな構造と空間

野沢温泉ロッヂの最大の特徴は、正六角形の平面を積み上げたどんぐり型のドーム建築です。その独特なシルエットから、地元では「エッグ」「アボガドハウス」「ロケット」など多くのあだ名で親しまれてきました。吉阪自身はこの建物を「つくし」や「巻貝」にたとえ、外観の形状と内部のらせん状の構成が一体となった建築であると説明しています。

建物の中心部には井戸のような吹き抜けのらせん階段が設けられ、各階層に小さな宿泊室が放射状に配置されています。木造3階建ての構造は非常に複雑で、階段周囲の柱は通し柱になっておらず、外周の柱は形状に合わせて階ごとに傾斜し、床はスキップフロアとなっているため各階のフロアレベルも一律ではありません。この複雑な架構の構造設計は早稲田大学の田中弥寿雄が担当しました。

施工を担当した河十建設の大工たちは、直角のない架構の難工事に挑み、学校の体育館で仮組みを行ってから現場で組み立てたと伝えられています。建物頂部にはトップライトが設けられ、自然光が内部に降り注ぎます。1階の食堂ホールから見上げると、らせん階段の吹き抜けを通じて上階の空間がつながり、宿泊者たちの一体感を生み出す空間構成となっています。

保存と再生の物語

2014年、前オーナーであるスキーコーチの山口氏から、元アルペンスキーヤーの八尾良太郎氏がこのロッヂを引き継ぎました。八尾氏は幼少期からこの建物で合宿や大会に参加し、深い愛着を持っていました。のちに建物がル・コルビュジエの三人の弟子のひとりである吉阪隆正の設計であることを知り、後世に伝えていかなければならないという使命感から、継承を決意しました。

八尾氏は世界各地の旅の中で、歴史的建造物が大切に保全され生活に溶け込んでいる文化を目の当たりにし、日本で名建築が次々と失われている現状に問題意識を抱いていました。継承後は吉阪氏が残した設計図を頼りに、スキー仲間の大工とともに約1年をかけて、増改築で変わっていた内部を元の設計に戻すリノベーションを行いました。この取り組みが高く評価され、国登録有形文化財への登録答申に至りました。

宿泊案内:文化財に泊まる体験

野沢温泉ロッヂは現在も宿泊施設として営業しており、国登録有形文化財の建築に実際に泊まることができる貴重な体験を提供しています。客室はアパートメントタイプ(専用キッチン・冷蔵庫・トイレ・シャワールーム付き)とバンクタイプ(共用設備利用)の2種類があり、全11室のこぢんまりとした規模がアットホームな雰囲気を生んでいます。

長坂ゴンドラまで徒歩わずか1分という立地は、冬季のスキー・スノーボードはもちろん、夏季にはゴンドラで上ノ平高原へアクセスし、マウンテンバイクやSUPなどのアウトドアアクティビティを楽しむ拠点としても最適です。野沢温泉村の名物である外湯(無料共同浴場)へも徒歩圏内で、四季を通じて滞在を楽しめます。

周辺の見どころ

日本で唯一、村名に「温泉」がつく野沢温泉村は、訪れる人々に豊富な体験を提供しています。

最大の魅力は、温泉街に点在する13カ所の外湯(無料共同浴場)です。江戸時代から続く「湯仲間」という制度により地域住民が管理・維持するこれらの浴場は、それぞれ異なる建築様式、湯温、泉質を持ち、温泉街を歩き回りながら湯めぐりを楽しむことができます。中でも温泉街の中心に位置する「大湯」は最も象徴的な存在で、伝統的な湯屋建築が風情を漂わせます。

国の天然記念物に指定されている「麻釜(おがま)」も必見です。90℃近い熱湯が湧き出すこの場所は、古くから地元住民が野菜を茹でたり温泉たまごを作る「野沢温泉の台所」として利用されてきました。近くの「ミニ温泉広場 湯らり」では無料の足湯も楽しめます。

文化施設としては、「故郷」「朧月夜」などの名曲を作詞した高野辰之の業績を称える「おぼろ月夜の館 斑山文庫」があります。また、健命寺は野沢菜発祥の寺として知られ、8代住職が京都から持ち帰ったカブの種から野沢菜が生まれたという歴史を今に伝えています。

冬季には、44コースを誇る野沢温泉スキー場が本州屈指のパウダースノーを楽しめるスキーリゾートとして多くのスキーヤーやスノーボーダーを迎えます。毎年1月15日に行われる道祖神祭り(火祭り)は日本三大火祭りのひとつに数えられ、国内外から多くの見物客が訪れます。

Q&A

Q野沢温泉ロッヂを設計したのは誰ですか?
A早稲田大学の建築家・吉阪隆正とU研究室の設計です。吉阪隆正(1917〜1980)はル・コルビュジエの三人の日本人弟子のひとりで、1950年から1952年までパリのコルビュジエのアトリエに勤務しました。登山家としても著名で、山岳建築に独自の境地を開いた建築家です。
Q野沢温泉ロッヂに宿泊することはできますか?
Aはい、現在も宿泊施設として営業しています。専用キッチンやシャワールームを備えたアパートメントタイプと、共用設備を利用するバンクタイプの客室があります。国登録有形文化財の建築に実際に泊まれる貴重な体験ができます。
Q建物のどんぐり型の形にはどんな意味がありますか?
A積雪3メートルを超す豪雪地帯で、雪が自然に滑り落ちるように設計された合理的な形状です。吉阪隆正が登山家としての経験を活かし、過酷な自然環境に適応した建築を追求した結果生まれました。中央のらせん階段は暖気を建物全体に行き渡らせる効果も持っています。
Q東京からのアクセス方法を教えてください。
A東京駅から北陸新幹線でJR飯山駅まで約1時間50分、飯山駅から野沢温泉ライナー(直通バス)で約25分、野沢温泉中央ターミナルから徒歩約10分です。長坂ゴンドラの近くに位置しています。
Qスキー以外にどんな楽しみ方がありますか?
A一年を通じて、13カ所の無料外湯めぐりや、温泉たまご作り、野沢菜など地元グルメの食べ歩きが楽しめます。夏はゴンドラで上ノ平高原へアクセスし、ハイキングやマウンテンバイクなどのアウトドアアクティビティが人気です。1月15日の道祖神祭り(火祭り)も見逃せないイベントです。

基本情報

名称 野沢温泉ロッヂ
設計 吉阪隆正+U研究室
構造設計 田中弥寿雄(早稲田大学)
施工 河十建設
竣工 1969年(昭和44年)
構造 木造 地上3階 鉄板葺
文化財区分 国登録有形文化財
所在地 長野県下高井郡野沢温泉村大字豊郷字大ナデ7812-2他
アクセス JR飯山駅(北陸新幹線)から野沢温泉ライナーで約25分、野沢温泉中央ターミナルから徒歩約10分
公式サイト https://www.nozawa-onsen.co.jp/lodge

参考文献

野沢温泉ロッヂ - 近代の文化遺産の保存と活用(文化庁)
https://www.bunka.go.jp/kindai/kenzoubutsu/research/nagano/013/index.html
「野沢温泉ロッヂ」が国登録有形文化財に登録答申されました(プレスリリース)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000006.000129934.html
野沢温泉ロッヂ公式サイト
https://www.nozawa-onsen.co.jp/lodge
GONDOLA HOUSE | FUA フルヤデザインアソシエイツ
https://www.furuyadesign.com/works/nozawa-onsen-lodge/
野沢温泉観光協会公式サイト
https://nozawakanko.jp/
吉阪隆正 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E9%98%AA%E9%9A%86%E6%AD%A3

最終更新日: 2026.03.29