玉依比賣命神社宗形社拝殿及び本殿覆屋とは

玉依比賣命神社宗形社拝殿及び本殿覆屋(たまよりひめのみことじんじゃむなかたしゃはいでんおよびほんでんおおいや)は、長野県長野市松代町東条の玉依比賣命神社の境内東方にある境内社・宗形社の建物で、江戸中期(1661年から1751年)に建てられ、平成26年(2014年)に登録有形文化財となった。

長い名称は、この1棟が2つの役を兼ねていることを示している。前半分は宗形社の拝殿で、参拝者はここで拝む。後ろ半分は覆屋(おおいや)、つまり小さな本殿を風雨から守るために外側から囲う建物である。玉依比賣命神社宗形社拝殿及び本殿覆屋は、1つの屋根の下に社をまるごと収めている。

南を向いて建ち、建築面積は13平方メートルしかない。宗形社は境内社で、文化庁のデータベースには祭神の記載がない。

宗形社の覆屋の組み立て

宗形社拝殿及び本殿覆屋は桁行3間、梁間2間。屋根は寄棟造の茅葺だが、現在は茅の上を鉄板で仮に覆っており、目に映るのは金属の屋根である。

入口は妻入。寄棟造では短い側の面から入る形になる。側面と背面は竪板張で閉じ、正面は開け放している。

内部は床板張で、前後2室に分かれる。後ろの部屋は一段上げた上段で、ここに宗形社本殿が鎮座する。2室の境には格子を立て、前室が拝殿として格子越しに本殿と向き合う構成になっている。

宗形社の覆屋が登録された理由

玉依比賣命神社宗形社拝殿及び本殿覆屋は平成26年(2014年)12月19日、登録番号20-0464として登録された。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

文化庁の解説は理由を一言で示している。近世の境内の様相をよく伝える境内社だ、と。正面を開け、三方を板で閉じた茅葺の覆屋が、前室・格子・上段の後室という間取りを保って残り、その中に4棟のうち最も古い宗形社本殿が守られている。

宗形社の覆屋の見学

玉依比賣命神社の拝殿から東へ歩くと、南を向いた宗形社拝殿及び本殿覆屋がある。正面は開いているので、前に立って格子越しに奥の本殿をうかがうことができる。建物に上がれるという案内はなく、上段の後室は参拝者の入る場所ではない。

近づく前に、横から建物を眺めておきたい。寄棟屋根の勾配の急さは、いまは鉄板をかぶっていても、茅葺のために組まれた屋根であることを教えてくれる。

撮影の決まりは公表されていないので、参拝中の人がいれば配慮したい。行き方は玉依比賣命神社のページにまとめてある。

Q&A

Q玉依比賣命神社宗形社拝殿及び本殿覆屋とはどんな建物ですか?
A玉依比賣命神社の境内東方にある境内社・宗形社の建物で、1棟で拝殿と本殿の覆屋を兼ねています。
Q宗形社拝殿及び本殿覆屋はいつ頃の建物ですか?
A文化庁のデータベースでは江戸中期(1661年から1751年)とされています。
Q宗形社拝殿及び本殿覆屋の屋根は茅葺ですか?
A寄棟造の茅葺ですが、現在は茅の上を鉄板で仮に覆っています。
Q玉依比賣命神社宗形社拝殿及び本殿覆屋が登録有形文化財になったのはいつですか?
A平成26年(2014年)12月19日に登録番号20-0464で登録されました。
Q宗形社の覆屋の中の本殿は見られますか?
A正面が開いており、上段の後室に格子を隔てて本殿が鎮座しています。正面から格子越しにうかがうことはできますが、建物に上がれるという案内はありません。

基本情報

名称玉依比賣命神社宗形社拝殿及び本殿覆屋
所在地長野県長野市松代町東条字内田443
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成26年(2014年)12月19日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、茅葺(鉄板仮葺)、建築面積13㎡
所有者玉依比賣命神社
公開状況開放された正面から見学可、建物内への立ち入りの案内なし

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース:玉依比賣命神社宗形社拝殿及び本殿覆屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010287
文化庁 国指定文化財等データベース:玉依比賣命神社宗形社本殿
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010286

最終更新日: 2026.09.28