玉依比賣命神社宗形社本殿とは

玉依比賣命神社宗形社本殿(たまよりひめのみことじんじゃむなかたしゃほんでん)は、長野県長野市松代町東条の玉依比賣命神社の境内東方にある境内社・宗形社の本殿で、元禄6年(1693年)に建てられ、平成26年(2014年)に登録有形文化財となった。

玉依比賣命神社の登録文化財4棟のうち最も古い。しかも文化庁が示す年代が元禄6年と一点に定まっているのは4棟の中でこれだけで、ほかは数十年の幅で示されている。

そして極めて小さい。記録上の建築面積は0.5平方メートル、小ぶりの机ほどである。玉依比賣命神社宗形社本殿は野外には建っておらず、拝殿と覆屋を兼ねた茅葺の建物の中に、南を向いて納められている。

「造形の規範」として登録

玉依比賣命神社宗形社本殿は平成26年(2014年)12月19日、登録番号20-0463として登録された。登録基準は「造形の規範となっているもの」で、同じ神社の4棟のうちこの基準によるのはこの1棟だけである。ほかの3棟は景観への寄与で登録されている。

文化庁の解説はその理由を、小社ながら本格的な構えの本殿、と一言で表している。問われているのは大きさではない。本殿として備えるべき部分がすべてそろい、縮尺を落としたうえで丁寧に組み上げられている点が評価された。

小さな本殿に詰まった本格の部材

宗形社本殿の形式は一間社流造。前側の屋根を延ばして木階の上まで覆う。屋根は柿葺で、薄く割った木の板を重ねて葺く。

縁は三方に廻らし、背面側の端を脇障子で止める。正面には木階と浜床を付ける。

柱はすべて角柱。身舎(もや)の組物は三斗組、庇は隣り合う組物が端の斗を共有する連三斗(つれみつど)とし、組物の間の中備には蟇股を置く。妻飾は虹梁の上に大瓶束を立てる虹梁大瓶束である。

身舎の柱上を舟肘木で済ませた玉依比賣命神社の本殿と並べてみると、小さな宗形社本殿のほうがむしろ手の込んだ組み方をしている。元禄の大工は、この小社に社殿の語彙をひととおり与えた。

宗形社本殿の見学

玉依比賣命神社宗形社本殿は、覆屋の上段になった後室に、格子を隔てて鎮座している。覆屋の正面は開いているので、前から格子越しに見ることができる。建物に上がれるという案内はない。

覆屋の中は明るくない。目が慣れるのを待ってから、正面の虹梁の上の蟇股と、柿葺の屋根の端を探すとよい。離れた位置からでも読み取りやすい2か所である。フラッシュよりも少しの辛抱が役に立つ。

撮影の決まりは公表されていないので、参拝中の人がいれば配慮したい。行き方は玉依比賣命神社のページにまとめてある。

Q&A

Q玉依比賣命神社宗形社本殿とはどんな建物ですか?
A長野市松代町東条の玉依比賣命神社にある境内社・宗形社の本殿です。覆屋の中に納められた一間社流造の小さな社です。
Q玉依比賣命神社宗形社本殿はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータベースによれば元禄6年(1693年)で、同社の登録文化財4棟のうち最も古い建物です。
Q宗形社本殿が「造形の規範」として登録されたのはなぜですか?
Aごく小さいながら、三方の縁と脇障子、木階と浜床、三斗組や連三斗、蟇股、虹梁大瓶束の妻飾と、本殿としての構えをすべて備えているためです。
Q玉依比賣命神社宗形社本殿の大きさはどれくらいですか?
A記録上の建築面積は0.5平方メートルです。
Q玉依比賣命神社宗形社本殿はどこで見られますか?
A境内東方の南向きの覆屋の中、格子の奥に鎮座しています。覆屋の開いた正面から見ることができますが、建物に上がれるという案内はありません。

基本情報

名称玉依比賣命神社宗形社本殿
所在地長野県長野市松代町東条字内田443
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成26年(2014年)12月19日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、こけら葺、建築面積0.5㎡
所有者玉依比賣命神社
公開状況覆屋の正面から格子越しに見学可、立ち入りの案内なし

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース:玉依比賣命神社宗形社本殿
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010286
文化庁 国指定文化財等データベース:玉依比賣命神社宗形社拝殿及び本殿覆屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010287

最終更新日: 2026.09.28