佐藤家住宅木造附属屋とは

佐藤家住宅木造附属屋は、長崎県長崎市西泊町にある明治32年(1899年)頃に建てられた木造平屋建の附属屋で、平成9年(1997年)11月5日に国の登録有形文化財に登録された。瓦葺で、建築面積は17平方メートルと、佐藤家住宅の5件のなかでいちばん小さい。

木造附属屋は主屋の南西にあり、南北に通る道路に西を向けて建つ。南隣には石造倉庫Bが続き、附属屋はちょうど主屋と倉庫のあいだに挟まれた位置にある。石塀が付属しており、登録にあたっては袖塀も附属として扱われている。

主屋と倉庫をつなぐ佐藤家住宅木造附属屋

佐藤家住宅木造附属屋の役目は、南の石造倉庫Bと主屋をつなぐことにある。文化庁の解説は、この建物が蔵前の役割を果たしていると説明している。

蔵前は、蔵の出入口の前に設ける屋根付きの空間で、雨の日でも荷を濡らさずに出し入れできる。主屋から附属屋を抜けて倉庫へ、という動線がこの小さな平屋で確保されていたことになる。17平方メートルという広さも、部屋としてではなく通り抜けと荷さばきの場として見ると納得がいく。

東西の煉瓦の防火壁と石塀

佐藤家住宅木造附属屋は、木造でありながら東と西の外壁を煉瓦造の防火壁としている。主屋が東の隣地境界に煉瓦の防火壁を立てているのと同じ考え方を、附属屋では両側の壁に用いている。

西の壁は道路側、東の壁は敷地の内側にあたる。倉庫へ続く通路の両脇を煉瓦で固めた造りで、道路側からの火も敷地内からの火も木造部分へ回りにくくする意図が読み取れる。附属屋には石塀も付いており、木・煉瓦・石の3つの材料がこの小さな建物に集まっている。

佐藤家住宅木造附属屋の年代と登録の理由

佐藤家住宅木造附属屋の建設時期は、防火壁に用いられた煉瓦や木材の風化の具合から、主屋と同じ時期と推定されている。文化庁のデータベースでは明治32年(1899年)頃とされる。

登録基準は「再現することが容易でないもの」で、登録番号は42-0004である。小さな平屋ながら、主屋と倉庫を結ぶ蔵前として屋敷の動線の要にあり、木造に煉瓦の防火壁を組み合わせる佐藤家住宅の手法を示す建物として登録された。

佐藤家住宅木造附属屋の見学

佐藤家住宅木造附属屋は個人の住宅の一部で、内部は公開されていない(2026年9月確認)。南北の道路に西を向けて建っているので、道路から西側の煉瓦の防火壁を見ることができる。南隣の石造倉庫Bと並べて眺めると、主屋から倉庫へのつながりが分かりやすい。撮影についての公式の案内はなく、住人の暮らしに配慮したい。屋敷への行き方は佐藤家住宅(長崎市)のページにまとめてある。

Q&A

Q佐藤家住宅木造附属屋はどのような建物ですか?
A木造平屋建、瓦葺の小さな附属屋で、建築面積は17平方メートルです。石塀が付属し、東西の外壁は煉瓦造の防火壁になっています。
Q佐藤家住宅木造附属屋は何に使われた建物ですか?
A南の石造倉庫Bと主屋をつなぐ蔵前の役割を果たしていたと文化庁は説明しています。
Q佐藤家住宅木造附属屋はいつ建てられましたか?
A明治32年(1899年)頃です。防火壁の煉瓦や木材の風化の具合から、主屋と同時期と推定されています。
Q佐藤家住宅木造附属屋が登録有形文化財になったのはいつですか?
A平成9年(1997年)11月5日です。登録番号は42-0004で、「再現することが容易でないもの」として登録されました。
Q佐藤家住宅木造附属屋は外から見られますか?
A南北の道路に面しているので、西側の煉瓦の防火壁は道路から見えます。内部は公開されていません(2026年9月確認)。

基本情報

名称佐藤家住宅木造附属屋
所在地長崎県長崎市西泊町66
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成9年(1997年)登録
員数1棟
寸法建築面積17㎡(木造平屋建、瓦葺、袖塀附属)
所有者個人
公開状況非公開(道路から外観のみ)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)佐藤家住宅木造附属屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000371
文化遺産オンライン 佐藤家住宅木造附属屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/137641
長崎県文化財データベース 佐藤家住宅主屋・木造別棟・木造附属屋・石造倉庫A・石造倉庫B
https://www.pref.nagasaki.jp/bunkadb/index.php/view/144

最終更新日: 2026.09.30