内野家住宅の屋敷構え

内野家住宅は、長崎県平戸市岩の上町の旧城下の武家屋敷地にある住宅で、江戸後期の石段と門・塀の構えに大正15年(1926年)建築の主屋と煉瓦塀が加わり、4件が平成17年(2005年)に登録有形文化財となった。

敷地は南北に通る道路の西側にある。道路沿いには石垣が築かれ、その上に白い土塀が続く。道路から10段の石段を上がると2本の門柱が立ち、その奥で主屋の玄関が東を向いている。主屋の北側に延びる座敷部の東には庭があり、庭のまわりを煉瓦塀がコの字形に囲う。

年代は二層に分かれる。石段は江戸後期(1751〜1829年)のもので、門及び塀も江戸後期の構えを大正15年頃に改造したとされる。主屋と煉瓦塀は大正15年の建築である。武家地の表構えを残したまま、大正の終わりに住まいの中身を建て替えた屋敷と読める。

庭園紹介サイトの取材記事は、玄関前の石段と石塀が文化年間(1804〜1818年)の絵図にすでに描かれているという内野家側の話を紹介している。文化庁の示す江戸後期という年代とは矛盾しないものの、絵図そのものは公開資料では確認できていない。

内野家住宅の登録4件

内野家住宅の4件は平成17年(2005年)2月9日にそろって登録有形文化財に登録され、登録番号は42-0040から42-0043までの連番である。登録基準は件ごとに違い、主屋は「造形の規範となっているもの」、煉瓦塀は「再現することが容易でないもの」、門及び塀と石段は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」に当たる。

  • 内野家住宅主屋:大正15年(1926年)、木造平屋一部2階建、建築面積192㎡
  • 内野家住宅門及び塀:江戸後期、大正15年頃改造。門柱の間口2.3m、塀の延長43m
  • 内野家住宅石段:江戸後期、石造の10段、面積13㎡
  • 内野家住宅煉瓦塀:大正15年頃、鉱滓煉瓦造、延長18m

文化庁の解説は主屋を、武家屋敷の流れを受け継いだ近代和風住宅と評している。道路側の石段・門・塀が江戸の顔を保ち、内側の主屋と庭まわりが大正の手で整えられた。4件を並べると、その重なり方が見えてくる。

内野家住宅の見学と行き方

内野家住宅は個人の住まいで、建物の内部も庭も通常は公開されていない。道路から見えるのは石段、門柱、道路沿いの塀までである。石段も敷地の一部なので上がらずに眺め、写真を撮るときも道路からの外観にとどめて、住む人の暮らしに配慮したい。

庭については、平戸城下の武家屋敷の所有者らでつくる「平戸庭を守る会」が、平戸ツツジの咲く季節に庭を公開する「平戸お庭めぐり」を催してきた。庭園紹介サイトによれば、内野家住宅の庭もこの催しで特別公開されたが、一斉公開は2019年を最後に休止しているという。再開しているかどうかは訪問前に確かめてほしい。

内野家住宅は平戸の市街地にあり、平戸桟橋のバスターミナルから南へ直線距離で約1km、平戸市役所からは南南東へ約700mの位置になる。南北に通る道の西側で、石垣と白い土塀が続く区間を探すと、10段の石段と門柱が見つかる。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)内野家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004676
国指定文化財等データベース(文化庁)内野家住宅煉瓦塀
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004677
国指定文化財等データベース(文化庁)内野家住宅門及び塀
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004678
国指定文化財等データベース(文化庁)内野家住宅石段
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004679
文化遺産オンライン 内野家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/180896
文化庁 登録有形文化財(建造物)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
庭園情報メディア おにわさん 平戸藩お庭めぐり 内野家庭園(公開状況の参考)
https://oniwa.garden/hirado-uchino-residence-nagasaki/

最終更新日: 2026.10.06

基本情報

名称内野家住宅(平戸市)
所在地長崎県平戸市岩の上町1165-1
指定登録有形文化財 4件
座標33.36233, 129.55604