河瀬家住宅主屋とは

河瀬家住宅主屋は、奈良県奈良市多門町にある安政3年(1856年)建築の旧武家住宅の主屋で、平成18年(2006年)3月27日に国の登録有形文化財に登録された。木造平屋一部2階建の瓦葺で、建築面積は203平方メートルある。

南に正面を向け、東西に棟を通した切妻造の住宅で、一部だけが2階建になる。北の土蔵とは渡廊下で結ばれ、南面の前には江戸後期の土塀が東西に走る。文化庁のデータベースは、この主屋に潜門と塀が付属することも記している。

河瀬家住宅主屋の東半と西半

河瀬家住宅主屋は、東と西で建てられた時期が違う。古いのは東半分の土間と床上の部屋で、こちらが安政3年(1856年)の建築にあたる。

西半分の座敷と茶室、南面に張り出した切妻造の応接室は、昭和17年(1942年)の増築による。江戸末期の武家の住まいを東に残したまま、客を迎える部屋を西と南へ足していった形である。

応接室という近代の部屋を、切妻屋根を載せた棟として母屋の正面側に取り付けている点にも目を留めたい。

数寄屋風の意匠と古材の使い方

河瀬家住宅主屋の外観は伝統的な住宅の姿を保つ一方、一部に数寄屋風の意匠を取り入れている。茶室を含む増築とあわせて、住まいに茶の湯の趣味を持ち込んだことがうかがえる。

文化庁の解説がとりわけ評価するのは、増築部分に古い建物の部材を巧みに織り込んでいる点である。同じ昭和17年(1942年)ごろ、河瀬家は表門を東大寺の子院だった薬師院から移しており、古材を生かして屋敷を整える姿勢が主屋の増築にも通じている。どの部材がどこから来たのかは、文化庁の解説には書かれていない。

河瀬家住宅主屋が登録された理由

河瀬家住宅主屋は、「再現することが容易でないもの」という基準で登録された。河瀬家住宅の5件のうち、この基準によるのは主屋だけである。

安政期の武家住宅の部分と、古材を組み込んだ昭和17年の数寄屋風の増築が、1棟のなかに重なっている。形だけを写して新築しても、転用された部材の来歴や、新旧をつなぐ手際までは同じにならない。基準の言葉は、その重なりの価値を指していると読める。

河瀬家住宅主屋の見学

河瀬家住宅主屋は個人の屋敷の中にあり、内部は公開されていない(2026年9月確認)。主屋は南側の土塀の内側に建つため、道から見える範囲は限られる。撮影についての公式の案内はなく、外から撮る場合も住まいへの配慮が必要になる。屋敷への行き方は河瀬家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q河瀬家住宅主屋はいつ建てられましたか?
A安政3年(1856年)の建築です。昭和17年(1942年)に、西半分の座敷と茶室、南面の応接室が増築されました。
Q河瀬家住宅主屋はどのような建物ですか?
A南を向いて東西に棟を通した切妻造の住宅で、木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積は203平方メートルです。
Q河瀬家住宅主屋で古いのはどの部分ですか?
A東半分の土間と床上の部屋です。西半分の座敷や茶室、南面の応接室は昭和17年(1942年)の増築部分です。
Q河瀬家住宅主屋が登録有形文化財になったのはいつですか?
A平成18年(2006年)3月27日です。「再現することが容易でないもの」として登録されました。
Q河瀬家住宅主屋の中は見学できますか?
Aできません。個人の屋敷で、内部は公開されていません(2026年9月確認)。

基本情報

名称河瀬家住宅主屋
所在地奈良県奈良市多門町29-2
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成18年(2006年)登録
員数1棟
寸法建築面積203㎡(木造平屋一部2階建)
所有者非公表(文化庁データベースでは空欄)
公開状況非公開(道路から外観のみ)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)河瀬家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00005485
文化遺産オンライン 河瀬家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/185393
奈良市 登録有形文化財一覧
https://www.city.nara.lg.jp/site/bunkazai/10196.html

最終更新日: 2026.09.30