興福寺東金堂とは
興福寺東金堂は、奈良県奈良市登大路町にある応永22年(1415年)の室町時代の和様の代表作で、昭和27年(1952年)3月29日に国の国宝に指定された(文化庁)。読みは「こうふくじとうこんどう」。

文化庁の記録では、桁行七間・梁間四間、一重、寄棟造・本瓦葺。指定番号は00062である。
文化庁の記録では、これに先立つ明治30年(1897年)12月28日の指定日も記されている。これは旧法による指定の日付である。
聖武天皇の発願と応永の再建
興福寺東金堂は、神亀3年(726年)に聖武天皇が元正天皇の病気平癒を祈って発願、造立した堂で、その後たびたび焼け、現在の堂は応永18年(1411年)の雷火による焼失の後、応永22年(1415年)に再建されたものである(文化庁)。文明6年(1474年)には須弥壇の修補があった。
桁行七間・梁間四間で、組物は三手先、寄棟造・本瓦葺の屋根をのせる(文化庁)。特に印象的なのは前面の柱間1間通りをすべて吹放ちとしていることで、唐招提寺金堂にも見られる奈良時代以来の伝統的な手法である。昭和12年(1937年)の修理の際には、旧本尊の仏頭(国宝)などが発見された。
国宝としての価値
文化庁は、全体に木割が太く堂々とした室町時代の和様の代表作で、さらに復古的な意匠になる点が興味深いとしている。
見どころ
前面の柱間1間通りをすべて吹放ちとした奈良時代以来の構えと、太い木割の三手先の組物が見どころである(文化庁)。
見学について
興福寺が所有する(文化庁)。拝観の時間や料金について、公的な案内は確認できなかった。興福寺の国宝・重要文化財の建物は興福寺のページにまとめている。
Q&A
- 東金堂はいつ建てられましたか?
- 現在の堂は応永22年(1415年)の再建です(文化庁)。
- 最初に建てたのは?
- 聖武天皇が神亀3年(726年)に元正天皇の病気平癒を祈って発願しました(文化庁)。
- 外観の特徴は?
- 前面の柱間1間通りをすべて吹放ちとする点です(文化庁)。
- 昭和の修理で何が見つかりましたか?
- 旧本尊の仏頭(国宝)などです(文化庁)。
- 興福寺東金堂が国宝に指定されたのはいつですか?
- 昭和27年(1952年)3月29日です(文化庁)。
基本情報
| 名称 | 興福寺東金堂(こうふくじとうこんどう) |
|---|---|
| 所在地 | 奈良県奈良市登大路町 |
| 指定区分 | 国宝(建造物) |
| 指定年 | 昭和27年(1952年)3月29日国宝指定 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行七間、梁間四間、一重、寄棟造、本瓦葺 |
| 所有者 | 興福寺 |
| 公開状況 | 拝観の公的な案内(時間・料金)は未確認 |
参考文献
- 興福寺東金堂(国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/2462
最終更新日: 2026.10.24