興福寺北円堂とは

興福寺北円堂は、奈良県奈良市登大路町にある承元4年(1210年)の鎌倉時代再建の八角円堂で、昭和27年(1952年)3月29日に国の国宝に指定された(文化庁)。読みは「こうふくじほくえんどう」。

興福寺北円堂
興福寺北円堂Nekosuki / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

文化庁の記録では、八角円堂、一重、本瓦葺で、附として旧内陣小壁8組と銘札1枚があわせて指定されている。指定番号は00059である。

文化庁の記録では、これに先立つ明治30年(1897年)12月28日の指定日も記されている。これは旧法による指定の日付である。

不比等の一周忌に建てられた堂

文化庁によれば、興福寺は藤原鎌足の発願により夫人が営んだ山階寺に始まり、飛鳥に移って厩坂寺と呼ばれ、平城京への遷都に伴って鎌足の子の不比等が現在の地に造営した寺である。北円堂は養老5年(721年)、不比等の一周忌にあたって建てられたが、永承4年(1049年)と治承4年(1180年)に焼け、現在の堂は承元元年(1207年)に着工し、同4年(1210年)に露盤をあげたものである。

八角円堂で四面に板扉を構え、その間に連子窓を設ける(文化庁)。組物は隅行に三手先となり、軒が三軒であるのは珍しく、地垂木の断面が六角形であるのもほかに類例がない。内部には8本の内陣柱を立て、内陣の中央に八角の天蓋を設ける。

国宝としての価値

文化庁は、平面は創建当初の大きさを保ちつつ細部は鎌倉時代前期の様式をよく表し、三重塔とともに鎌倉時代再建の興福寺の様式を示す重要な遺構としている。

見どころ

三軒の軒と断面が六角形の地垂木、屋根の上の棟飾りが見どころである(文化庁)。棟飾りは嘉永3年(1850年)の修理で一部改められたが、当初の華麗さを伝える。

見学について

興福寺が所有する(文化庁)。拝観の時間や料金について、公的な案内は確認できなかった。興福寺の国宝・重要文化財の建物は興福寺のページにまとめている。

Q&A

Q北円堂はいつ建てられましたか?
A現在の堂は承元元年(1207年)に着工し、同4年(1210年)に露盤をあげました(文化庁)。
Q最初に建てられたのは?
A養老5年(721年)、藤原不比等の一周忌にあたってです(文化庁)。
Q珍しい点は?
A三軒の軒と、断面が六角形の地垂木です(文化庁)。
Q附として指定されているものは?
A旧内陣小壁8組と銘札1枚です(文化庁)。
Q興福寺北円堂が国宝に指定されたのはいつですか?
A昭和27年(1952年)3月29日です(文化庁)。

基本情報

名称興福寺北円堂(こうふくじほくえんどう)
所在地奈良県奈良市登大路町
指定区分国宝(建造物)
指定年昭和27年(1952年)3月29日国宝指定
員数1棟(附 旧内陣小壁8組、銘札1枚)
寸法八角円堂、一重、本瓦葺
所有者興福寺
公開状況拝観の公的な案内(時間・料金)は未確認

参考文献

興福寺北円堂(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/2459

最終更新日: 2026.10.24