興福寺三重塔とは

興福寺三重塔は、奈良県奈良市登大路町にある鎌倉時代前期の平安時代風の優美な三重塔で、昭和27年(1952年)3月29日に国の国宝に指定された(文化庁)。読みは「こうふくじさんじゅうのとう」。

興福寺三重塔
興福寺三重塔そらみみ / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons

文化庁の記録では、三間三重塔婆、本瓦葺。指定番号は00060である。

文化庁の記録では、これに先立つ明治30年(1897年)12月28日の指定日も記されている。これは旧法による指定の日付である。

皇嘉門院の御願と再建

興福寺三重塔は、皇嘉門院の御願により康治2年(1143年)に完成したが、治承4年(1180年)の兵火で焼け、のちに再建された(文化庁)。再建の年代は明確でないが、焼失後まもなくと考えられ、天文19年(1550年)に修理があった。

各重とも方三間で初重に縁を付け、組物は初重が出組、ほかは三手先とする(文化庁)。内部では心柱を二重で止め、初重は四天柱の間に対角線に板を張り、その両面に千体仏を描く。これは珍しい形式である。折上小組格天井や長押、方立柱などには極彩色の唐文様を描く。

国宝としての価値

文化庁は、木割の細い平安時代風の様式を伝え、全体の姿が優美で、現存する三重塔のなかでも屈指のものとしている。

見どころ

木割の細い優美な姿と、初重の内部に描かれた千体仏が見どころである(文化庁)。

見学について

興福寺が所有する(文化庁)。拝観の時間や料金について、公的な案内は確認できなかった。興福寺の国宝・重要文化財の建物は興福寺のページにまとめている。

Q&A

Q興福寺三重塔はいつ建てられましたか?
A治承4年(1180年)の焼失後まもなく再建されたと考えられ、鎌倉時代前期とされます(文化庁)。
Q最初に建てたのは?
A皇嘉門院の御願により康治2年(1143年)に完成しました(文化庁)。
Q珍しい点は?
A初重の四天柱の間に対角線に板を張り、両面に千体仏を描く点です(文化庁)。
Q様式は?
A木割の細い平安時代風の様式です(文化庁)。
Q興福寺三重塔が国宝に指定されたのはいつですか?
A昭和27年(1952年)3月29日です(文化庁)。

基本情報

名称興福寺三重塔(こうふくじさんじゅうのとう)
所在地奈良県奈良市登大路町
指定区分国宝(建造物)
指定年昭和27年(1952年)3月29日国宝指定
員数1基
寸法三間三重塔婆、本瓦葺
所有者興福寺
公開状況拝観の公的な案内(時間・料金)は未確認

参考文献

興福寺三重塔(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/2460

最終更新日: 2026.10.24