富雄川を見下ろす丘の式内社

登彌神社は、奈良県奈良市石木町の丘の上に鎮座する神社で、延長5年(927年)にまとめられた『延喜式』神名帳に名の見える古社であり、境内の本殿・拝殿・神饌所・手水舎・社務所の5棟が令和2年(2020年)4月3日に国の登録有形文化財に登録された。

読みは「とみじんじゃ」。文化庁のデータベースは「登彌神社」と旧字で表記し、奈良市の文化財のページでは粥占いの行事名を「登弥神社」と新字で書く。どちらも同じ社を指す。地元では「木嶋大明神(このしまだいみょうじん)」の通称でも呼ばれ、参道に並ぶ石燈籠の多くにはこの名が刻まれている。最寄りのバス停の名も「木島」である。

社伝は創建を神武天皇の時代にさかのぼるとし、その後に登美連(とみのむらじ)が祖先の饒速日命夫妻を祀ったのが神社の始まりと伝える。社名の「登彌」も、この登美の一族に由来するとされる。神護景雲2年(768年)、河内の枚岡から春日へ神が遷る途次にこの地へ立ち寄ったという伝えがあり、それを縁として天児屋根命を祀るという。いずれも社伝であり、文献で裏づけられる話ではない。

本殿は1棟ではなく2棟ある。東西に同じ大きさ・同じ形式の社殿が並び、西に神皇産霊神・登美饒速日命・天児屋根命、東に高皇産霊神・誉田別命を祀る。左右の小宮に合祀された神々を加えると、登彌神社が祀る神は二十二柱にのぼる。

昭和14年、村社から県社へ

登彌神社の境内が今の姿に整ったのは、昭和14年(1939年)である。この年、社格が村社から県社へ昇格した。神社にとって社格の変更は書類上の出来事にとどまらず、境内の設備をその格に見合う水準へ改めることを意味した。拝殿は一度解体して建て直され、神饌所と手水舎が新たに構えられた。社務所はそれに先立つ昭和13年(1938年)の建築である。

参道の途中に立つ標柱は、この昇格を記念するものである。揮毫したのは、当時枢密院顧問官の職にあった鈴木貫太郎男爵だと社では伝えている。

したがって登彌神社で登録有形文化財となった5棟は、性格の異なる2つの層からできている。文政7年(1824年)の本殿と寛政11年(1799年)頃に建てられたと伝わる拝殿という江戸時代の層と、昇格に合わせて昭和13年から14年にかけて整えられた神饌所・手水舎・社務所の層である。登録番号は29-0282から29-0286まで連続しており、5棟がひとまとまりの境内景観として評価されたことを示している。

登録の基準は1棟だけ他と異なる。本殿には「造形の規範となっているもの」が、残る4棟には「国土の歴史的景観に寄与しているもの」が適用された。

境内の配置と歩く順序

登彌神社の境内は南から北へ、そして低いところから高いところへ向かって開けている。一の鳥居をくぐると参道が北へ伸び、石段を経て、いちばん奥の一段高い平場に本殿が南を向いて建つ。5棟はこの軸の周りに、南北およそ38メートルの範囲に収まっている。

手水舎は境内の南西、参道の早い段階にある。ここで手を清めてから先へ進むのが順序になる。石段を上りきった正面が拝殿で、その背後、さらに一段高い位置に本殿が構える。本殿から見て南西の中段、参道から左手に折れた位置には神饌所が東を向いて建つ。社務所は境内の南東、参道を挟んで手水舎とは反対側にあり、西を向いている。

登録された5棟はいずれも内部が公開されていない。外から見ることが前提の建物群であり、境内に順路の指定はない。彩色の残る本殿を見るなら、日差しの回り込む午前中が向いている。

2月1日の筒粥祭

登彌神社でもっとも知られる行事は、2月1日の早朝に行われる筒粥祭である。粥占い(かゆうらない)とも呼ばれ、昭和57年(1982年)3月1日に奈良市の無形民俗文化財となっている。

やり方は具体的である。氏子が毎年交代で当番を務め、早朝から米と小豆、そして青竹の筒37本を束ねたものを湯釜で炊く。1時間あまり炊いたところで竹筒を引き上げ、農作物の品目ごとに割り当てられた筒を小刀で割って、粥の入り具合からその年の作柄の良否を判じる。もとは小正月、1月15日の行事だったものが、現在の日取りに移った。

占いの場となるのは拝殿である。年に一度、この建物が本来の役目を最も分かりやすく果たす日にあたる。

ほかに、2月28日の祈年祭、7月7日の植付感謝祭、9月7日の五穀豊穣祈念祭、10月8日・9日の例大祭、11月28日の新嘗祭が営まれる。田の一年に沿って祭が並んでいることが、この社の性格をよく表している。

参拝とアクセス

登彌神社の境内は開かれており、参拝に拝観料はかからない。奈良市観光協会の案内では料金は志納とされている。社務所の受付時間は公式には示されていないため、御朱印や授与品を希望する場合は、公式サイトに掲げられた電話番号(0742-45-1117)へ事前に確認するのが確実である。参拝者用の駐車場は正面左に入口があり、トイレも備えられている。

バスが使いやすい。近鉄郡山駅のバスセンターから奈良交通の「若草台」行きに乗り、「木島」で下車する。降りてすぐ前方の小道を左折し、突き当たりを右前に進むと一の鳥居まで5分ほど。JR奈良駅・近鉄奈良駅からは「奈良県総合医療センター」行きに乗り、終点で降りて徒歩7分ほど。医療センターの西側に見える杜が登彌神社である。

歩くなら、近鉄橿原線の九条駅から西へおよそ2キロ、20分ほどの道のりになる。富雄川に沿って上流へ向かう平坦な道で、社の建つ丘は最後に現れる。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)— 登彌神社本殿
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013300
国指定文化財等データベース(文化庁)— 登彌神社拝殿
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013301
国指定文化財等データベース(文化庁)— 登彌神社神饌所
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013302
国指定文化財等データベース(文化庁)— 登彌神社手水舎
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013303
国指定文化財等データベース(文化庁)— 登彌神社社務所
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013304
奈良市— 登彌神社本殿、拝殿、神饌所、手水舎、社務所
https://www.city.nara.lg.jp/site/bunkazai/77244.html
奈良市— 登弥神社の粥占い
https://www.city.nara.lg.jp/site/bunkazai/8393.html
登彌神社 公式ホームページ
https://ntomishrine.wixsite.com/official

最終更新日: 2026.09.14

基本情報

名称登彌神社
所在地奈良県奈良市石木町648-1
所有者宗教法人登彌神社
指定登録有形文化財 5件
座標34.66108, 135.76578