六棟がのこる羽下の屋敷

伊藤家住宅は、新潟県五泉市羽下にある江戸時代後期から昭和初期にかけての屋敷で、主屋・三階土蔵・米蔵・家財蔵及び計量場・納屋・表門及び内塀の6棟が平成17年(2005年)7月12日に登録有形文化財に登録された。

五泉の市街地から北へ、阿賀野川の南に開けた水田地帯に羽下の集落がある。県道沿いを歩いていくと、白い壁を三層に積み上げた土蔵が正面に現れる。伊藤家住宅の敷地はその奥へ広がり、蔵と塀が屋敷の縁を縫うように連なっている。

伊藤家は江戸時代後期に庄屋を務めた家である。五泉市教育委員会の文化財パンフレットは、主屋が享和4年(1804年)に建てられ、その後も古材を再用したり部分的な改築にとどめたりしたため昔の様子をよく保っていると記している。一方、文化庁の国指定文化財等データベースは主屋の年代を明治24年(1891年)とする。二つの記録は建築年で食い違うが、増改築を重ねてきた建物である点では一致している。

蔵から建ち始めた屋敷

伊藤家住宅の6棟は、同じ時期にまとめて建ったものではない。もっとも古いのは明治9年(1876年)の家財蔵で、次いで明治12年(1879年)の米蔵が続く。主屋が現在の姿になるのは明治24年(1891年)、敷地の顔となる三階土蔵は明治35年(1902年)である。納屋は明治初期、表門と内塀は大正初期にさかのぼる。

米を納める蔵が先に建ち、住まいが整えられ、最後に門と塀で全体が締められた。屋敷構えがおよそ半世紀をかけて形づくられた順序が、そのまま登録の年代欄に残っている。大正4年(1915年)には家財蔵の一部が曳屋で動かされ、増築されている。建物を壊さずに位置を移す工法で、蔵の並びを長く続けるための工夫だった。

五泉市は伊藤家住宅について、江戸時代後期から昭和初期にかけての裕福な農民の暮らしぶりを屋敷構え全体がよく表していると説明している。1棟だけを見て終わらない場所である。

敷地の見取り図

伊藤家住宅の建物は、敷地の南に蔵、北に住まいという配置をとる。主屋は敷地中央の北寄りに南を向いて建つ。その南東には米蔵が北を向き、米蔵の東へ計量場、家財蔵と一列に続く。三棟の北面には下屋が一続きに掛かり、正面から見ると長大な壁が横に流れていく。

敷地の南端、通りに接して建つのが三階土蔵である。その西隣には納屋が並ぶ。表門は米蔵の北西に南を向いて開き、これに接続する内塀が主屋と米蔵のあいだを南北に仕切っている。

外から見るなら、まず南の通りで三階土蔵と納屋の妻面を眺め、そこから西へ回って表門の正面に立つ順がわかりやすい。門の前からは、内塀ごしに主屋の屋根がのぞく。

見学の条件

伊藤家住宅は五泉市の案内で「常時公開(外観のみ)」とされている。予約も入館料も不要だが、公開されているのは外観だけで、建物の内部に立ち入ることはできない。今も人が暮らす個人の住宅であり、敷地は私有地である。門の内側へは入らず、通りから眺めるのが原則になる。

撮影について公表された規則は見当たらない。公道から外観を撮る範囲にとどめ、門の内側や住人にレンズを向けないのが良識の線だろう。見学の可否や最新の状況は、五泉市教育委員会生涯学習課(電話0250-42-5195)で確かめられる。

建物の輪郭がよく見えるのは、稲が刈られて視界の開ける晩秋から、雪の積もる前までである。冬の羽下は積雪があり、路肩が狭くなる。

行き方

最寄り駅はJR磐越西線の新関駅で、伊藤家住宅までは直線で約1.1キロ、歩いて15分から20分ほどの距離になる。新潟駅から向かう場合は信越本線で新津駅へ出て、磐越西線に乗り換える。磐越西線のこの区間は1時間に1本程度の運転で、時間帯によっては間隔が開くため、帰りの列車の時刻を先に調べておきたい。

車の場合は五泉市街から県道を北へ10分ほど。ただし五泉市の案内に見学者用駐車場の記載はなく、集落の道は幅が狭い。路上に車を止めることはできないと考えて、駅から歩くか、周辺の公共施設の駐車場を利用するのが現実的である。

登録された六棟

伊藤家住宅として登録有形文化財に登録されているのは、次の6棟である。登録番号は15-0178から15-0183までの連番で振られている。

  • 主屋:明治24年(1891年)、木造平屋一部2階建、建築面積259平方メートル
  • 三階土蔵:明治35年(1902年)、土蔵造3階建、建築面積89平方メートル
  • 米蔵:明治12年(1879年)、土蔵造平屋建、建築面積51平方メートル
  • 家財蔵及び計量場:明治9年(1876年)、土蔵造2階一部平屋建、建築面積114平方メートル
  • 納屋:明治初期、木造平屋建、建築面積43平方メートル
  • 表門及び内塀:大正初期、表門は間口2.1メートル、内塀は延長21メートル

いずれも登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。個々の棟がそれぞれ傑作というより、6棟が並ぶことで羽下の集落の景観をつくっている、という評価にあたる。

名称と読み

読みは「いとうけじゅうたく」。文化庁のデータベースでは棟ごとに「伊藤家住宅主屋」「伊藤家住宅三階土蔵」のように連ねた名称で登録されている。新潟県内には阿賀野川下流の横越(新潟市江南区)にも重要文化財の伊藤家住宅があり、同じ姓の別の屋敷なので混同しやすい。五泉市羽下の伊藤家住宅は登録有形文化財であり、別の物件である。

参考文献

国指定文化財等データベース 伊藤家住宅主屋(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004880
国指定文化財等データベース 伊藤家住宅三階土蔵(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004736
伊藤家住宅(五泉市公式ホームページ)
https://www.city.gosen.lg.jp/organization/21/7/1/1/1791.html
文化財パンフレット「五泉市の文化財」(五泉市教育委員会)
https://www.city.gosen.lg.jp/material/files/group/15/gosensinobunnkazai.pdf
文化遺産オンライン 伊藤家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/189610

最終更新日: 2026.09.17

基本情報

名称伊藤家住宅
所在地新潟県五泉市羽下122
指定登録有形文化財 6件
座標37.77276, 139.17370