学校より長く残った門
新潟県立村松高等学校(旧新潟県立工業学校)正門は、新潟県五泉市村松にある明治後期建設の煉瓦造校門で、平成20年(2008年)3月7日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された(登録告示は同年3月19日)。
登録名称に並ぶ二つの学校名は、同じ学校の新旧の呼称ではない。
明治36年(1903年)、村松に県下初の工業学校である新潟県立工業学校が開校した。同校はのちに県立村松工業学校と改称され、やがて廃校となる。明治44年(1911年)、同じ敷地に県立村松中学校が創立され、戦後の学制改革を経て現在の県立村松高等学校になった。門だけがその間ずっと同じ場所にあり続けた。
五泉市教育委員会は、この門の建築年代は明確でないとしたうえで、明治36年頃の建設と考えられると説明する。工業学校の開校と同時期ということになる。一方、文化庁のデータベースは「明治後期」とのみ記し、西暦欄も幅を持たせている。1903年という数字は自治体側の推定であり、国のデータベースが確定した年代ではない。両者は精度が異なるものとして扱いたい。
イギリス積みとフランス積みが並ぶ
門は高さ4メートルの門柱一対が門口4.5メートルを挟んで立ち、その左側に通用門をつくる脇柱が添えられた構成である。いずれも煉瓦造で、柱頭にはコーニスが付く。
登録の理由となった見どころは、コーニスではない。煉瓦の積み方にある。
中央の門柱一対はイギリス積み。小口だけを並べた段と、長手だけを並べた段が、上へ交互に積み重なる。これに対し通用門側の脇柱はフランス積みで、一段のなかで小口と長手が交互に並ぶ。前者は横縞の連なりとして、後者は市松に近い散らばりとして見える。
二本を並べて眺めれば、違いはすぐに分かる。分かるためには、まず「そこを見る」と知っている必要があるのだが。
一つの門で二種類の積み方を使い分けたのは、偶然ではないだろう。イギリス積みは強度に優れ、日本の構造用煉瓦積みの標準となった。フランス積みは装飾性が高く、見せ場に用いられることが多い。工業学校の入口に両者を並置することは、校内で教える技術を建物そのもので示す行為に近い。
なお、日本語でいう「フランス積み」は、英語圏ではFlemish bond(フランドル積み)と呼ばれる。明治期に煉瓦技術が複数の経路から流入した過程で呼称が分かれ、日本ではフランス積みの語が定着した。海外の資料と突き合わせるときに混乱しやすい点である。
赤松と一緒に見る
五泉市は、この門を「常時公開」としている。門は校舎正面への進入路上に立ち、敷地外からいつでも無料で見ることができる。ただし村松高等学校は現役の高校である。校地内は見学の対象ではない。道路から撮影し、生徒が写り込まないようにすれば、それで十分に見たことになる。
門の奥、前庭には赤松が立つ。学校はこの赤松と正門を一組の象徴として扱ってきた。組み合わせは情緒だけの話ではない。日本の赤松とヨーロッパ由来の煉瓦門が同じ視界に収まる構図は、明治の地方学校が何であったかをそのまま要約している。移入された技術が、土地の上に接ぎ木されたのである。
村松の町そのものも歩く価値がある。村松藩の城下町で、城跡の村松公園には数千本の桜があり、四月中旬には花見客が集まる。五泉市はチューリップとニット産業でも知られる。アクセスはJR磐越西線の五泉駅から村松方面へバス、または新潟市中心部から自動車で四十分ほど。
住所についてひとつ補足しておく。所在地は五泉市村松甲5545。この「甲」は地番に付く旧来の区分記号で、地名の一部ではない。地図アプリが正しく解釈しないことがあるため、学校名で検索するほうが確実である。
撮影の光について。西日が斜めに当たる時間帯には小口の段が影で浮き上がり、二種類の積み方の差が写真に残る。午前の光では平板になりやすい。
Q&A
- 村松高校の正門は見学できますか。拝観料はかかりますか。
- 見学できます。五泉市はこの正門を「常時公開」としており、校舎正面への進入路上に立つ門を敷地外からいつでも無料で見ることができます。ただし村松高等学校は現役の高校ですので、校地内には立ち入らず、生徒の写り込みにも配慮してください。
- 村松高校の正門はいつ建てられたのですか。
- 正確な建築年は判明していません。文化庁の国指定文化財等データベースは「明治後期」とのみ記載しています。五泉市教育委員会は、県下初の工業学校である新潟県立工業学校が開校した明治36年(1903年)頃の建設と推定しています。両者は矛盾するのではなく、精度の差と理解するのが適切です。
- 村松高校の正門の煉瓦は何が珍しいのですか。
- 一つの門に二種類の積み方が共存している点です。中央の門柱一対はイギリス積みで、小口だけの段と長手だけの段が交互に重なります。通用門側の脇柱はフランス積みで、一段のなかで小口と長手が交互に並びます。工業学校の入口にこの二つを並べたことは、教育内容を建物で示す意図があったと考えられます。
- 村松高校の正門になぜ工業学校の名が付いているのですか。
- この門は明治36年に村松で開校した新潟県立工業学校の正門として建てられました。同校は県立村松工業学校と改称後に廃校となり、明治44年に同じ敷地へ県立村松中学校が創立、戦後に村松高等学校となります。文化財としての登録名称は現在の学校名と建設当時の学校名を併記する形をとっているため、「旧新潟県立工業学校」の語が入っています。
- 村松高校へはどう行けばよいですか。
- 所在地は五泉市村松甲5545です。JR磐越西線の五泉駅から村松方面行きのバスを利用するか、新潟市中心部から自動車で四十分ほどです。住所の「甲」は地番の区分記号で地名の一部ではないため、地図アプリでは学校名による検索のほうが確実に到達できます。
基本情報
| 名称 | 新潟県立村松高等学校(旧新潟県立工業学校)正門 |
|---|---|
| 所在地 | 新潟県五泉市村松甲5545 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 15-0277 |
| 指定年 | 平成20年(2008年)3月7日 登録(告示は同年3月19日) |
| 員数 | 1基(煉瓦造門柱2基、通用門付) |
| 寸法 | 煉瓦造、間口4.5メートル、門柱高さ4メートル、左側に通用門 |
| 所有者 | 新潟県 |
| 公開状況 | 常時公開(敷地外からの見学、無料)。校地内は立ち入り不可 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「新潟県立村松高等学校(旧新潟県立工業学校)正門」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006963
- 五泉市「新潟県立村松高等学校(旧新潟県立工業学校)正門」
- https://www.city.gosen.lg.jp/organization/21/7/1/1/1868.html
- 文化遺産オンライン「新潟県立村松高等学校(旧新潟県立工業学校)正門」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/153565
- Monumento「新潟県立村松高等学校 正門」
- https://ja.monumen.to/spots/11470
- 新潟県「新潟県内の登録有形文化財建造物一覧」
- https://www.pref.niigata.lg.jp/uploaded/life/646827_1900063_misc.pdf
最終更新日: 2026.08.13