坂田家住宅古土蔵

坂田家の敷地に登録された五棟のうち、最も古いのがこの建物である。古土蔵(ふるどぞう)の年代は明治前期、一八六八年から一八八二年のあいだにあたり、木造の新倉やその隣の土蔵より一世代以上さかのぼる。屋敷を年代の順に読むなら、出発点はここになる。

群のなかで最も小さい蔵でもある。建築面積はおよそ三一平方メートル、桁行六・一メートル、梁間三・九メートル。とはいえ、大きさが値打ちを決めるわけではない。国の登録はこの古土蔵を、小規模ながら堅実なつくりと記す。その一言が建物をよく言い当てている。一世紀半にわたって形を保ってきた、慎ましい蔵である。

漆喰に宿る細部

古土蔵は新倉の東側に、棟を東西に通して建つ。置屋根の切妻造を桟瓦で葺き、北面には庇を設ける。庇は、その面を覆って前に張り出す屋根である。

漆喰の仕上げは、線を意識して扱われている。壁は白い漆喰だが、腰、北面、そして開口部の楣(まぐさ)には黒漆喰を配する。戸や窓の上端を黒漆喰で縁取るのは小さな工夫で、白い壁に対して一つ一つの開口を引き締める。内部は二尺、およそ六〇センチごとに柱を立て、そのあいだを板壁とする。この間隔は、近くの新しい土蔵より広い。年代の異なる建物を分ける、静かな違いの一つである。

屋敷の最も古い層

古土蔵は平成二三年(二〇一一年)一月、坂田家のほか四棟とともに国の登録有形文化財に登録された。登録番号は一五―〇三二七、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。敷地に現存する最古の建物として、世代を越えて育った屋敷の時間軸を支えている。

そう見れば、坂田家の屋敷は一つの時点ではなく、連なりである。明治の古土蔵がまず建ち、昭和前期に土蔵と新倉が続き、主屋は江戸末期に起源をもちつつ戦後に建て替えられた現在の姿をとる。古土蔵から外へ向かって歩くことは、そのまま家の建築の歴史を前へたどることに近い。公開は外観のみであり、この年代と細部の見比べこそが訪問の核心となる。

Q&A

Qなぜ「古土蔵」と呼ぶのですか。
A敷地で最も古い蔵だからです。年代は明治前期(1868〜1882年)で、近くの新しい「新倉」と区別するための呼び名です。
Q屋敷全体で最も古い建物ですか。
Aはい、登録された五棟のうち最古です。ほかの蔵は昭和前期、主屋は江戸末期に起源をもつ昭和28年の改築です。
Q開口部まわりの黒い漆喰は何ですか。
A腰・北面・開口部の楣に黒漆喰を配しています。白い壁に対して、戸や窓を一つずつ縁取る仕上げです。
Qもう一つの土蔵とはどう見分けますか。
Aより小さく古く、内部の柱の間隔が二尺ごとと、新しい土蔵より広く取られています。北面に庇を設けている点も特徴です。
Q中に入れますか。
A入れません。外観は常時見学できますが、内部は公開されていません。

基本情報

名称坂田家住宅古土蔵(さかたけじゅうたくふるどぞう)
所在地新潟県五泉市土堀字上ノ代295
指定区分登録有形文化財(平成23年〈2011年〉1月26日登録/登録番号15-0327)
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
年代明治前期(1868〜1882年)
構造土蔵造2階建、桟瓦葺、桁行6.1m・梁間3.9m、建築面積31㎡
員数1棟
公開状況外観は常時見学可/内部は非公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)— 坂田家住宅古土蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00008433
文化遺産オンライン — 坂田家住宅古土蔵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/224839
五泉市公式ホームページ — 坂田家住宅
https://www.city.gosen.lg.jp/organization/21/7/1/1/1869.html

最終更新日: 2026.07.07