今も午前十一時に鳴る鐘

西永寺鐘楼は、新潟県十日町市上野甲にある真宗大谷派寺院の境内に建つ四本柱の鐘楼で、嘉永元年(1848年)頃の建立とみられ、平成12年(2000年)10月18日に国の登録有形文化財(建造物)となった。

境内に入って直ぐ左手、経蔵の北方に位置し、高い基壇の上に建つ。建築面積9.2平方メートル、西永寺の登録五棟のうち最小である。基壇から四本の角柱が立ち上がり、いずれもわずかに内側へ傾く。内転びと呼ばれる手法である。屋根は切妻造の平入。鐘は梁の中央に載せた地棟状の横架材から吊られている。

この鐘は今も毎日午前十一時に打たれる。地元でこの鐘楼が語られる理由のほとんどはそこにある。上野の人びとは昼の一区切りをこの音で測ってきたし、河岸段丘を渡っていく響き方は江戸期からさほど変わっていないだろう。

他の四棟とは異なる登録基準

平成12年10月18日に登録された西永寺の五棟は、同じ理由で登録されたわけではない。鐘楼だけが例外である。

本堂、経蔵、庫裏及び廊下に適用されたのは「造形の規範となっているもの」という基準だった。鐘楼に適用されたのは別の基準、すなわち「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

この違いには制度の考え方が反映されている。平成8年(1996年)の文化財保護法改正で設けられた登録有形文化財の枠組みは、精緻な木組みそのものより、景観の中で果たしている役割に価値を認めるという評価軸を用意した。建築面積9.2平方メートルの鐘楼は、480平方メートルの本堂と構造の完成度を競う立場にはない。かわりにこの建物は、境内の入口で高い基壇に載り、雪国の集落に時を告げている。これを取り去れば、参道の性格そのものが変わってしまう。

登録番号は15-0109号、第26回登録、告示は同年11月6日。所有者の義務は軽く設計されており、現状変更は許可ではなく届出で足り、修理設計費の補助や固定資産税の減免を受けられる。毎朝、重い青銅の鐘が木の架構を打つという使われ方を続ける建物にとって、この柔軟さは実務的な意味をもつ。

年代は、天保6年(1835年)の火災後に本堂と同時期に再建されたとみられるという判断にもとづく。年紀を示す棟札等が確認されているわけではないため、嘉永元年頃という記載は推定を含む。

架構を読む、時刻を合わせる

この鐘楼で近くから見ておきたい点は二つ。どちらも意匠ではなく構造の工夫である。

一つは四本柱の内転び。鐘楼は細長い架構の上部に重量物を吊る建物で、鐘を撞くたびに横方向の力が架構を押す。柱を内側へ倒して立てれば、四本は箱ではなく錐に近い幾何をなし、垂直に立てた場合よりもこの力に抗しやすくなる。楼門や鐘楼で広く用いられた手法だが、ここでは建物が小さく壁で覆われていないため、地面に立ったまま柱の傾きを目で追える。

もう一つは高い基壇。二メートルを超える積雪をみる土地で、地面近くに吊った鐘は一年の三分の一近く使えなくなる。架構ごと基壇に載せれば鐘は雪の上に出るし、柱脚が湿気に浸る時間も短くなる。腐朽は柱脚から始まる。形式のように見える基壇は、雪国の実務対応である。

以上はすべて外から、時間を問わず、事前連絡なしに観察できる。鐘楼に入る内部空間はない。西永寺は現役の寺院で拝観時間や拝観料の設定はなく、境内を歩いて登録建物の外観を見ることはおおむね受け入れられている。外観の撮影も差し支えない。ただし鐘を撞くのは寺の役割であり、参詣者が勝手に撞くものではない。

音を聞きたいなら十一時前に着くこと。この建物に限って言える時間の助言はそれだけで、午後より午前に訪ねる理由になる。季節についても、1月から3月の深い雪は小さな建物を埋め、基壇の高さも読み取りにくくするので、晩春から秋のほうが見やすい。市内の文化財に関する問い合わせは十日町市博物館内の市教育委員会文化財課が窓口である。

交通は十日町駅(北越急行ほくほく線・JR飯山線)から川西・小千谷方面の路線バスで「上野」まで約20分、徒歩約3分。便数が限られるため、十一時の鐘に合わせるなら時刻表を先に組み込んでおきたい。車では関越自動車道越後川口インターチェンジから国道117号経由で約20分、六日町インターチェンジから国道253号経由で約30分。

Q&A

Q西永寺鐘楼の鐘は今も鳴っていますか。何時に鳴りますか。
A今も毎日午前十一時に打たれています。地元でこの鐘楼が親しまれている理由がここにあります。音を聞きたい場合は十一時前に到着してください。鐘を撞くのは寺の役割で、参詣者が撞くものではありません。
Q西永寺鐘楼は自由に見学できますか。拝観料はかかりますか。
A鐘楼は壁で囲われておらず、境内から全体を見学できます。入る内部空間はありません。西永寺は現役の寺院で拝観時間や拝観料の設定はなく、境内を歩いて登録建物の外観を見ることはおおむね受け入れられています。外観の撮影も差し支えありません。
Q西永寺鐘楼はなぜ本堂と違う登録基準で登録されたのですか。
A本堂・経蔵・庫裏及び廊下は「造形の規範となっているもの」として登録されました。鐘楼は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という別の基準によります。構造の完成度ではなく、景観の中で果たしている役割に価値を認める区分です。
Q西永寺鐘楼の柱はなぜ内側に傾いているのですか。
A内転びと呼ばれる手法です。鐘を撞くたびに架構は横方向に押されますが、四本の角柱を内側へ倒して立てると錐に近い幾何になり、垂直に立てた場合より横力に抗しやすくなります。鐘楼や楼門で広く用いられました。
Q西永寺鐘楼が高い基壇の上に建つのはなぜですか。
A十日町は真冬に二メートルを超える積雪をみる豪雪地です。架構ごと基壇に載せることで鐘が雪の上に出るうえ、腐朽の起点となる柱脚が湿気に浸る時間も減ります。雪国の実務的な対応と考えられます。

基本情報

名称西永寺鐘楼(さいえいじしょうろう)
所在地新潟県十日町市上野甲87-8
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号15-0109号/基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
指定年平成12年(2000年)10月18日登録/同年11月6日告示(第26回登録)
員数1棟
寸法木造平屋建、鉄板葺、建築面積9.2平方メートル。四本角柱を内転びに立て、切妻造、平入、高い基壇上
所有者宗教法人西永寺
公開状況境内から常時見学可(内部空間なし)。鐘は寺が毎日午前11時に打つ

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 西永寺鐘楼
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001907
十日町市博物館 アーカイブズ 西永寺鐘楼
https://www.tokamachi-museum.jp/archives/bunka010/
国指定文化財等データベース(文化庁) 西永寺本堂
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001905
十日町市観光協会 西永寺
https://www.tokamachishikankou.jp/spot/saieizi/
十日町市 指定文化財
https://www.city.tokamachi.lg.jp/kanko_bunka_sports/rekishi_bunka/shiteibunkazai/index.html

最終更新日: 2026.07.30