正和五年正月下旬という日付
照恩寺宝塔(しょうおんじほうとう)は、大分県国東市武蔵町三井寺の照恩寺境内に立つ石造宝塔で、正和5年(1316年)の造立、昭和8年(1933年)1月23日に国の重要文化財に指定された。安山岩製、総高およそ2.5メートル(約252センチ)、国東半島にほぼ限って分布する国東塔である。
刻銘は時期の示し方が細かい。「正和第五暦丙辰太簇下旬作」。太簇は十二律の一つで、雅語として陰暦正月を指す。つまりこの塔は年だけでなく、1316年正月の最後の十日間という幅まで書き残している。塔身側面には五行にわたる刻銘があるが、摩滅が進み、大半は判読が難しい。
現在の照恩寺は浄土真宗本願寺派で、本尊は阿弥陀如来。ここに引っかかりを感じるなら、その感覚は正しい。この塔は照恩寺のために造られたものではないし、もともとここに立っていたわけでもない。
池に倒され、明治二十二年に起こされる
塔はもと、近くの椿八幡社の境内にあった池の、中島に建っていた。明治初年の神仏分離とそれに続く廃仏毀釈の動きのなかで、神社の境内から仏教に関わる造立物が排除される。この塔は倒され、池の中に放置された。
そのまま年月が過ぎた。明治22年(1889年)10月、照恩寺の要請によって塔は譲り受けられ、現在の位置に据え直された。逆算すれば、およそ二十年を水中ないし半ば水没した状態で過ごしたことになる。それを踏まえると、この塔の保存状態は「良好」という言葉では足りない。現存する国東塔のなかでも保存の良さが繰り返し指摘されており、皮肉なことに、水が凍結融解による表面の劣化から石を守った可能性もある。
指定は昭和8年1月。同日に指定されたのが、在銘最古の国東塔として知られる弘安6年(1283年)の岩戸寺宝塔である。国東塔として国の保護を受けたのはこの二基が最初で、昭和29年以降にまとまって指定された一群より二十年以上早い。この時期に選ばれたこと自体が、造形への評価を示している。大分県の観光情報は、数多く確認されている国東塔のなかで最も優れたものとして指定された、と端的に記している。
石を近くで見る
まず塔身を見たい。国東塔において意匠を担うのは塔身で、この塔のそれは茶壺形と評される輪郭を持つ。中ほどでふくらみ、上部で首部に向かって絞り込まれる。笠石に突き当たるのではなく、彫り出された首を介して受ける。この移行部の処理こそ、堅実な地方作と傑出した作を分ける箇所で、ここでは曲線が途切れず、線を見失った平坦な区間がない。
その下にあるのが形式を規定する部分である。通常の宝塔は方形の基礎に塔身を直接載せる。国東塔は間に反花座または蓮華座を挟み、この一段が塔身を持ち上げて比例を縦に引き伸ばす。上部では相輪が笠石に対して長く伸び、垂直方向の印象をさらに強めている。
石材にも触れておきたい。安山岩は火山岩で、侵食された火山体からなるこの半島には理にかなった素材である。風化して灰色を帯びた表面は、斜めから光が当たったときに彫りの稜線をよく見せる。五行の刻銘の痕跡を少しでも拾いたいなら、早朝か午後遅くに訪ねたい。太陽が高い時間帯には表面が平板に見え、痕跡は沈んでしまう。
訪問の条件は単純である。塔は武蔵町三井寺407の開かれた境内に立ち、拝観料の設定はない。参拝の際に心付けを納める形をとっている。駐車場あり。大分空港から車でおよそ15分と、半島の石造物のなかでは到着直後や帰りの便の前に立ち寄りやすい位置にある。杵築駅からバスを使う場合は50分前後を見ておきたい。個人的な撮影を禁じる掲示はないが、現に活動している寺院の境内であり、機材を据える前に寺務所に一言かけておくのが筋である。問い合わせは電話0978-68-0306。
半島の仏教遺産を通して見るなら、周辺に広がる六郷満山の寺院群は宇佐神宮の庇護のもとに発展し、この塔が属する石造文化を生んだ母体にあたる。武蔵はその名の由来となった六つの郷の一つである。
Q&A
- 照恩寺宝塔は拝観できますか。拝観料はいくらですか。
- 拝観できます。塔は国東市武蔵町三井寺407の照恩寺の開かれた境内に立っています。拝観料の設定はなく、参拝の際に心付けを納める形です。駐車場があります。
- 照恩寺宝塔へのアクセスを教えてください。
- 車の場合、国東半島東岸の大分空港からおよそ15分です。公共交通なら杵築駅からバスで50分前後かかります。この地域は便数が限られるため、車かタクシーが現実的です。
- 鎌倉時代の照恩寺宝塔が、なぜ浄土真宗の寺にあるのですか。
- 移設されたためです。もとは近くの椿八幡社の境内にあった池の中島に建っていました。明治初年、神社境内から仏教関係の造立物を除く動きのなかで池に倒され、放置されます。明治22年(1889年)10月に照恩寺が譲り受け、現在地に建て直しました。
- 国東塔とは何ですか。照恩寺宝塔はその形式にどう当てはまりますか。
- 国東塔は、方形の基礎と円い塔身の間に反花座や蓮華座といった台座を挟む石造宝塔で、一般の宝塔にはこの台座がありません。現存は約500基、その9割ほどが国東半島に集中します。照恩寺の塔は、茶壺形と評される塔身の曲線の美しさと保存状態の良さで、しばしば代表例に挙げられます。
- 照恩寺宝塔の刻銘は今も読めますか。
- 一部のみです。塔身側面に五行の刻銘がありますが、摩滅が激しく大半の文字は判読できません。文化庁データベースが記録する年紀は「正和第五暦丙辰太簇下旬作」で、1316年の陰暦正月下旬にあたります。
基本情報
| 名称 | 照恩寺宝塔(しょうおんじほうとう) |
|---|---|
| 所在地 | 大分県国東市武蔵町三井寺(照恩寺所在地:〒873-0423 大分県国東市武蔵町三井寺407) |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物)/指定番号 00913 |
| 指定年 | 昭和8年(1933年)1月23日 |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 総高 約2.5メートル(約252センチ) |
| 構造及び形式 | 石造宝塔(国東塔)/安山岩製/「正和第五暦丙辰太簇下旬作」の刻銘がある |
| 年代 | 正和5年(1316年)/鎌倉後期 |
| 所有者 | 照恩寺(浄土真宗本願寺派) |
| 公開状況 | 境内で常時拝観可、拝観料は志納、駐車場あり。電話:0978-68-0306 |
参考文献
- 照恩寺宝塔 — 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/3608
- 照恩寺宝塔 — 文化遺産オンライン
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/158145
- 照恩寺宝塔 — 大分県観光情報公式サイト
- https://www.visit-oita.jp/spots/detail/5667
- 国東半島が誇る文化遺産「六郷満山」について — 豊後高田市公式サイト
- https://www.city.bungotakada.oita.jp/site/bunkazai/2105.html
最終更新日: 2026.08.20