寶福寺千尺井 ― 山号「井山」の由来を伝える境内最古の井戸
岡山県総社市、井山宝福寺の仏殿の西南に、東西1.5メートル・南北1.6メートルの石の井戸枠がある。厚さわずか15センチの花崗岩の切石4枚を、端部で互いに欠き合わせて井桁に組む。枠の下、井戸孔の内側は丸石積。境内で最も古い井戸と伝わり、現在の石組は江戸前期(1615〜1660)のものとされる。
「千尺井(せんじゃくせい)」の名は、千尺(約300メートル)にも及ぶかと思わせる深さを表した誇張表現だろう。名の背後には寺の草創伝承がある。鎌倉時代、禅僧鈍庵慧總が病床の四条天皇の平癒を祈祷したところ、壇前に星が落ち、天皇は快復した。星の落ちた場所に井戸を掘って「千尺井」と名づけ、これが山号「井山」の由来になったと伝えられている。
井戸の水は、隣接する仏殿の行事などに使われてきた。現役の井戸、草創の奇瑞、そして山号。三つの物語が、この小さな花崗岩の枠に重なっている。
登録の理由と価値
千尺井は平成21年(2009)4月28日、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で国の登録有形文化財となった。登録番号は33-0211。平成8年(1996)に始まった登録制度は、井戸・塀・橋といった工作物にも保護を広げ、歴史的な場の性格をかたちづくる小さな構造物を守る仕組みである。
規模のわりに仕上げが上品なのがこの井戸の持ち味だ。枠石を薄く保ち、稜線を鋭く出すことで、大ぶりの枠が軽やかに見える。石組を当初のまま残す近世の井戸は意外に少なく、江戸期の禅院の日常を伝える資料としての価値も高い。
見どころ
枠のかたわらにしゃがんで、四隅を見てほしい。各石は隣の石と接する部分で厚みの半分を欠き取られ、「相欠(あいがき)」の仕口で噛み合う。モルタルを使わず、4枚の石が互いを押さえ合う構造である。井戸孔をのぞけば、丸石積の内壁が約四百年、形を保ち続けている。
宝福寺といえば雪舟(1420〜1506)少年修行の寺であり、多くの参拝者は天正3年(1575)の兵火を唯一免れた三重塔(永和2年・1376建立)へ向かう。千尺井はその順路から少し外れた仏殿の西南に静かにある。ここで足を止めれば、塔が建つよりさらに前、星が落ちて山号が生まれたという古層の物語につながる。
境内は拝観無料。11月には楓の紅が石枠に映り、雨上がりには花崗岩が黒く濡れて、仕口の線がくっきりと浮かび上がる。
Q&A
- 千尺井はいつのものですか。
- 現存する花崗岩の井戸枠は江戸前期(1615〜1660)のもので、境内最古の井戸と伝わります。名の由来となる伝承は鎌倉時代にさかのぼります。
- 「千尺井」の名前の意味は何ですか。
- 「千尺もの深さの井戸」という意味です。四条天皇の平癒祈祷の際に星が落ちた場所に掘られたと伝わり、山号「井山」の由来にもなっています。
- 今も使われている井戸ですか。
- 仏殿での行事などに使われてきた井戸です。見学の際は手を触れず、水を汲まないようご配慮ください。
- 境内のどこにありますか。
- 仏殿の西南、山門から三重塔へ向かう順路から少し入った場所です。境内は自由に見学できます。
- あわせて見るべきものはありますか。
- 重要文化財の三重塔(1376年建立)、享保20年(1735)再建の仏殿、禅堂などが近くにあります。11月の紅葉も見事です。
基本情報
| 名称 | 寶福寺千尺井(ほうふくじせんじゃくせい) |
|---|---|
| 所在地 | 岡山県総社市井尻野1968-1 |
| 文化財区分 | 国登録有形文化財(2009年4月28日登録・登録番号33-0211) |
| 年代 | 江戸前期(1615〜1660) |
| 構造・規模 | 石造、東西1.5m×南北1.6m、面積2.4平方メートル、1基 |
| 所有者 | 宗教法人寶福寺 |
| 公開状況 | 境内自由(拝観無料) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) 寶福寺千尺井
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007672
- 雪舟回廊(ジャパンガーデンツーリズム) 井山宝福寺
- https://sessusummit.jp/sesshukairou/gardens/garden01/
- 総社市観光協会 井山宝福寺
- https://soja-kankou.com/2023/06/07/%E4%BA%95%E5%B1%B1%E5%AE%9D%E7%A6%8F%E5%AF%BA/
最終更新日: 2026.07.02