寶福寺鐘楼 ― 雪舟修行の禅寺に建つ文政元年の吹放ち鐘楼

岡山県総社市の井山宝福寺。方丈の東南に、壁を一切持たない小さな鐘楼が建っている。文政元年(1818)の建立で、方一間、四方を開け放った「吹放ち」の形式をとる。切石を積んだ基礎の上に四本の方柱が立ち、いずれもわずかに内側へ傾く。「四方転び」と呼ばれる技法で、鐘の揺れに耐える構えをつくり出している。

柱は腰貫・内法貫で緊結され、頭貫と台輪で頂部を固める。組物は三斗組、中備には蟇股を一具置くのみ。屋根は南北棟の入母屋造本瓦葺で、妻を小さく、勾配を緩くおさえる。建築面積わずか7.8平方メートル。楓の木立の中に、低く静かに納まっている。

宝福寺(正式には寶福寺)は臨済宗東福寺派の中本山で、画聖雪舟(1420〜1506)が少年期に修行した寺として名高い。天正3年(1575)の備中兵乱で三重塔(永和2年・1376建立、重要文化財)を残して伽藍のほとんどを焼失し、江戸時代を通じて一棟ずつ再建されてきた。文政元年のこの鐘楼は、その長い復興の後半を飾る一棟である。

登録の理由と価値

鐘楼は平成21年(2009)4月28日、国の登録有形文化財となった。登録番号は33-0213。登録有形文化財制度は平成8年(1996)に始まったもので、国宝・重要文化財の「指定」とは別に、近世以降の建造物を使い続けながら守るための仕組みである。

適用された基準は「造形の規範となっているもの」。二百年をかけて再建された伽藍の中で、この鐘楼は幕末期の大工が小さな仕事に注いだ抑制の美をよく示す。飾りは蟇股ひとつ。あとは正直な木組と、禅院の静けさに合わせた穏やかな屋根の線だけである。

見どころ

隅に立って柱を見上げてほしい。内側への傾きはごくわずかだが、一度気づくと塔の印象が変わる。箱というより、両手をすぼめて合わせたような姿に見えてくる。軒下の蟇股は、この簡素な架構における唯一の装飾である。

寺には応仁2年(1468)鋳造と伝わる梵鐘があり、岡山県指定の文化財となっている。関心があれば寺務所に尋ねるとよい。なお、鐘を許可なく撞くことはできない。

境内は拝観無料。11月中旬から下旬の紅葉期が最もにぎわう。少し歩けば丹塗りの三重塔に出る。中世の高塔と江戸の低い鐘楼。二つを一望に収めると、この寺の五百年が一枚の景色になる。

Q&A

Q寶福寺鐘楼はいつ建てられましたか。
A文政元年(1818)、江戸時代後期の建立です。平成21年(2009)に国の登録有形文化財となりました。
Qなぜ壁がないのですか。
A吹放ちにすることで鐘の音が境内と谷あいに広く響きます。四方転びの柱だけで架構を支えています。
Q鐘楼のそばまで行けますか。
Aはい。方丈東南の境内地に建ち、自由に近づいて見学できます。ただし鐘を撞くことは許可なくできません。
Q雪舟とはどんな関わりがありますか。
A雪舟は少年時代にこの寺で修行しました。鐘楼自体は後世の建立ですが、その伝承を今も伝える伽藍の一棟です。
Qおすすめの季節はいつですか。
A紅葉の11月中旬〜下旬、または新緑の初夏です。平日の午前中は特に静かに見学できます。

基本情報

名称寶福寺鐘楼(ほうふくじしょうろう)
所在地岡山県総社市井尻野1968-1
文化財区分国登録有形文化財(2009年4月28日登録・登録番号33-0213)
建築年代文政元年(1818)
構造・規模木造、入母屋造本瓦葺、面積7.8平方メートル、1棟
所有者宗教法人寶福寺
公開状況境内自由(拝観無料)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 寶福寺鐘楼
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00007674
総社市 国指定_宝福寺三重塔
https://www.city.soja.okayama.jp/soshiki/26/2878.html
総社市観光協会 井山宝福寺
https://soja-kankou.com/2023/06/07/%E4%BA%95%E5%B1%B1%E5%AE%9D%E7%A6%8F%E5%AF%BA/

最終更新日: 2026.07.02