入嵩西家住宅主屋とは

入嵩西家住宅主屋は、沖縄県石垣市新川にある明治44年(1911年)頃建築の木造平屋建の農家の母屋で、平成19年(2007年)7月31日に国の登録有形文化財に登録された。読みは「いりたけにしけじゅうたくしゅおく」。

屋根は寄棟造の瓦葺で、建築面積は155平方メートル。北・東・南の3面が道路に接する敷地のほぼ中央に、南を正面にして建つ。文化庁の記録は、昭和30年(1955年)頃に手が加えられたことも併せて記している。

登録の理由:部屋数の多い赤瓦の大きな農家

入嵩西家住宅主屋の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説は、部屋数の多い大規模な赤瓦屋根の伝統的農家であること、そして沖縄独特の景観をつくっていることを理由に挙げている。

石垣市の解説によると、建て主は篤農家だった。材にはイヌマキ、モッコク、フクギなど島で採れる上等の木が選ばれたと伝わる。当初から赤瓦で葺かれたとも伝えられている。

昭和30年頃の改修では、台所の土間が板張りに改められた。石垣市はこの改修に触れたうえで、入嵩西家住宅主屋が建てられた当初の形をほぼそのまま保っていると評価している。

見どころ:表と裏に分かれた間取り

入嵩西家住宅主屋の間取りは、南の表側と北の裏側の2列に分かれる。表側には6畳の部屋が2つと4畳の部屋が2つ並ぶ。南からの光と風を受ける、客を迎える側の列である。

北側には裏座と板間が並ぶ。裏座は表の座敷の背後にとる部屋で、寝室や納戸として使われることが多い。西の端には板敷きの台所がある。

石垣市の解説は、入嵩西家住宅主屋の台所がとくに広くつくられている点に触れている。多くの人手を抱えた農家の暮らしが、台所の広さに表れていると読める。

外から見て目を引くのは、4方へ流れる赤瓦の屋根である。棟が短く、軒が低く四方に回る寄棟の屋根が、平屋の建物を大きく包み込んでいる。

見学方法

入嵩西家住宅主屋は今も個人の住まいで、内部は公開されていない。見学は道路からの外観に限られる。

入嵩西家住宅主屋は石垣の内側、敷地の中ほどに建つ。道路からの見え方は確かめられていないので、外観の全体は文化庁の国指定文化財等データベースの写真でも確認してほしい。撮影は道路からにとどめ、住む人への配慮を忘れないでほしい。

Q&A

Q入嵩西家住宅主屋はいつ建てられ、いつ登録されましたか?
A文化庁の記録では明治44年(1911年)頃の建築で、昭和30年(1955年)頃に改修されています。平成19年(2007年)7月31日に登録有形文化財に登録されました。
Q入嵩西家住宅主屋はどのような建物ですか?
A木造平屋建、寄棟造、瓦葺の農家の母屋で、建築面積は155平方メートルです。敷地のほぼ中央に南向きに建っています。
Q入嵩西家住宅主屋の間取りはどうなっていますか?
A南側に6畳2室と4畳2室が並び、北側に裏座と板間、西側に板敷きの台所があります。台所はとくに広くとられています。
Q入嵩西家住宅主屋にはどんな木材が使われていますか?
A石垣市の解説によると、イヌマキ、モッコク、フクギなど島で採れる上質の木材が使われたと伝えられています。
Q入嵩西家住宅主屋の中は見学できますか?
A個人の住まいのため内部は非公開です。道路から外観を見ることになります。

基本情報

名称入嵩西家住宅主屋(いりたけにしけじゅうたくしゅおく)
所在地沖縄県石垣市字新川151
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成19年(2007年)7月31日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積155平方メートル
所有者個人
公開状況非公開(外観は道路からのみ)

参考文献

入嵩西家住宅主屋(文化庁 国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006182
入嵩西家住宅主屋(文化遺産オンライン)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/182396
石垣市の文化財 入嵩西家住宅 主屋・マイグスク・石垣・井戸(石垣市 PDF)
https://www.city.ishigaki.okinawa.jp/material/files/group/41/P17_bunkazai.pdf

最終更新日: 2026.09.28