便所と豚小屋を兼ねた石造の施設

渡久山家住宅フリヤーは、沖縄県石垣市字大川の渡久山家住宅に残る明治27年(1894年)の石造の便所兼豚小屋で、平成19年(2007年)10月2日に国の登録有形文化財に登録された。読みは「とくやまけじゅうたくふりやー」。

フリヤーは、人の使う便所と豚を飼う囲いを一つにまとめた施設である。文化庁のデータベースには、同じ種類の施設を「フール」の名で登録した沖縄県内の例もある。屋敷の中で、排泄と家畜の飼育を一か所で受け持っていた。

渡久山家住宅フリヤーは主屋の左奥、石垣市の解説では主屋の北西に位置する。明治27年(1894年)頃の建造とされ、大正14年(1925年)に建てられた今の主屋より30年ほど古い。

登録の理由:上屋を失っても読み取れる基部

渡久山家住宅フリヤーの登録基準は「造形の規範となっているもの」である。文化庁の解説は、これを「大型のフリヤー」と呼んでいる。平面積は16平方メートル、高さは1.5メートルある。

屋根などの上部構造はすでに失われている。それでも基部の石組みはよく保たれ、内部を仕切った区画ごとに、トーニと呼ばれる豚の餌桶まで残っている。上屋が無くなっても、どこで豚を飼い、どこに餌を入れたのかが石の配置から読み取れることが、この施設の値打ちである。

明治の石組みが餌桶ごと屋敷の中に残り、主屋と同じ時に登録されたことで、八重山の屋敷の裏手で何が営まれていたかを具体的に確かめられる。

見どころ:2種類の石で組んだ3つの区画

渡久山家住宅フリヤーは、琉球石灰岩と粟石という2種類の切石を組み合わせて築かれている。どちらも八重山で建材に使われてきた石で、同じ敷地の石垣にも地元産の粟石が積まれている。

内部は3つの区画に仕切られる。区画ごとに餌桶のトーニが据えられているので、豚を分けて飼えるつくりだったことが分かる。高さ1.5メートルの石壁は、人の胸から肩ほどの高さにあたる。

見るべき点は、石の種類の使い分けと、区画の数、それに区画ごとの餌桶である。文化庁データベースの写真でも、石組みの様子を確かめることができる。

フリヤーの見学について

渡久山家住宅フリヤーは個人の敷地の中、主屋の裏手にあり、一般には公開されていない。敷地に入ることはできず、道路からどこまで見えるかも確認できていない。

石組みや餌桶の様子を知りたい場合は、文化庁の国指定文化財等データベースに掲載された写真を参照してほしい。現地では門口の外から屋敷の構えを眺めるにとどめ、裏手をのぞき込むことは控えたい。

Q&A

Q渡久山家住宅フリヤーとは何ですか?
A便所と豚小屋を兼ねた石造の施設である。明治27年(1894年)頃に造られ、平成19年(2007年)10月2日に登録有形文化財に登録された。
Q渡久山家住宅フリヤーの大きさはどのくらいですか?
A平面積は16平方メートル、高さは1.5メートルで、内部は3つの区画に仕切られている。
Q渡久山家住宅フリヤーはどんな石で造られていますか?
A琉球石灰岩と粟石の切石を組み合わせて築かれている。
Q渡久山家住宅フリヤーに残るトーニとは何ですか?
A豚の餌桶のことである。上部の屋根は失われているが、3つの区画それぞれにトーニが残っている。
Q渡久山家住宅フリヤーは見学できますか?
A個人の敷地内の主屋の裏手にあり、非公開である。道路から見えるかは確認できていないため、文化庁データベースの写真を参照するとよい。

基本情報

名称渡久山家住宅フリヤー(とくやまけじゅうたくふりやー)
所在地沖縄県石垣市字大川340
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成19年(2007年)10月2日登録
員数1基
寸法石造、面積16平方メートル、高さ1.5メートル
所有者個人
公開状況非公開

参考文献

渡久山家住宅フリヤー(文化庁 国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006504
渡久山家住宅フリヤー(文化遺産オンライン)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/119577
登録有形文化財 入嵩西家住宅・渡久山家住宅(石垣市 文化財解説PDF)
https://www.city.ishigaki.okinawa.jp/material/files/group/41/P17_bunkazai.pdf

最終更新日: 2026.09.28