神山家住宅水タンク

黒島の神山家、石垣の門部のすぐ西。屋敷の前を走る道に南面して、鉄筋コンクリートの小さな箱が建つ。東西1.5メートル、南北2.4メートル、高さ1.75メートル。これは水タンク、昭和13年(1938年)の築造である。そして、このサンゴ礁の島のどの家も向き合わねばならなかった問いに答えている。地中からほとんど水が得られないとき、淡水をどこに蓄えるか。

その答えが、雨を受けることだった。主屋の屋根を流れ落ちる水を竹樋でタンクへ導き、平らなコンクリート屋根の北端には濾過タンクを載せる。雨は、簡素だが考え抜かれた仕組みを経て、飲み水や洗い水へと変わっていった。その貯水池がこの水槽である。

コンクリートに刻まれた年

水タンクの東面には、旧暦の六月、昭和十三年に建設したと刻まれている。すなわち1938年である。この刻銘のおかげで、構造物の年代をきわめて正確に位置づけられる。鉄筋コンクリートが八重山の小さな離島にまで届きつつあった時期を示す一点でもある。

水タンクが登録有形文化財となったのは平成19年(2007年)5月で、登録番号は47-0033。歴史的景観への寄与として登録された。屋敷の登録四件のうち最も新しく、そしてある意味で最も雄弁な一件である。先の井戸が地下水へ下へと手を伸ばしたのに対し、その三十年後、このコンクリートの水槽は屋根へ、空へと手を伸ばした。二つを合わせると、島の一家が二十世紀前半を通じて、どのように水を手元に置き続けたかの筋道が見えてくる。

見どころ

道から見ると、水タンクは低く四角い、ただのコンクリートの箱に見え、南面を道に向けている。平屋根の北端に載る濾過タンクと、東面の刻銘を探してみたい。竹樋の線を主屋のほうへたどることができれば、集水の全体が一目で分かる。屋根、樋、濾過、貯水池。それぞれの部分が、一つの役目を果たしている。

水タンクは、サンゴの外周石垣、大正元年の主屋、南西隅の石造井戸を含む一つの登録屋敷に属する。単独で見れば、ささやかな実用構造物である。ほかの三件と並べて読むとき、乾いたサンゴ礁の島での暮らしの成り立ちを、はっきりと締めくくる。神山家住宅は個人の住まいであるので、水タンクは道沿いから眺め、屋敷の中は住む人にゆだねたい。

Q&A

Q水タンクは何のためのものですか。
A地下水の乏しい島で淡水を蓄えるためのもので、主屋の屋根から集めた雨水をためました。
Q雨水の仕組みはどうなっていますか。
A主屋の屋根を流れる雨水を竹樋でタンクへ導き、平屋根の北端に置いた濾過タンクを通します。
Q築造年がなぜ正確に分かるのですか。
A東面に「昭和十三年旧六月建設」と刻まれており、1938年の旧暦六月の築造と分かります。
Q井戸とはどう違いますか。
A明治42年の井戸は地下水を汲み、昭和13年のこのコンクリート水槽は屋根からの雨水をためました。どちらも同じ家が水を確保した手段です。
Qいつ登録されましたか。
A平成19年(2007年)5月、登録有形文化財として歴史的景観への寄与により登録されました。登録番号は47-0033です。

基本情報

名称神山家住宅水タンク(かみやまけじゅうたくみずたんく)
所在地沖縄県八重山郡竹富町字黒島1522
区分登録有形文化財(建造物) 登録番号47-0033
登録年月日2007年(平成19年)5月15日(告示5月29日)
年代昭和13年(1938年)
構造・形式1基 鉄筋コンクリート造貯水槽、東西1.5メートル・南北2.4メートル、高さ1.75メートル、陸屋根に濾過タンクを載せる、面積約3.6平方メートル
アクセス石垣港から黒島までフェリー約25〜30分、港から自転車で東筋集落へ
公開状況個人住宅。前面道路に南面し道沿いから望見可

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 神山家住宅水タンク
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006121
竹富町観光協会 竹富町の文化財
https://painusima.com/cultural/

最終更新日: 2026.06.25