首里の家が恩納村に建つまで
琉球村旧大城家住宅主屋は、沖縄県国頭郡恩納村字山田の琉球村にある江戸末期の木造平屋建住宅で、平成19年(2007年)5月15日に国の登録有形文化財に登録された。
この家を建てたのは大城家ではない。文化庁の国指定文化財等データベースは、首里士族の家系で琉球王府の大臣職を務めた与那原家が首里に建設した、と記す。琉球王府の最高職である三司官を出した家柄だったと琉球村は説明している。
王国が解体されたのち、家は大城氏の手に渡り、首里から糸満市兼城へ移された。昭和20年(1945年)の沖縄戦の戦火を免れたのはこの移動があったためだと琉球村は伝える。昭和57年(1982年)、さらに恩納村へ運ばれて現在地に建て直された。二度の解体と再建を経て残った家である。
土庇のかたちをとる雨端
琉球村旧大城家住宅主屋は桁行7間、梁間3間半、寄棟造で赤瓦を葺く。実寸では桁行12.7メートル、梁間6.4メートル、建築面積102平方メートル。園内の主屋では大きい部類に入る。
間取りは東側に一番座と二番座が並び、それぞれ約9.95平方メートル。その北に裏座、西に三番座と台所が続く。座敷を東に寄せ、火と水を使う場所を西へまとめる配置は沖縄の民家に共通している。
文化庁のデータベースが特徴として挙げるのは雨端の造りである。雨端は軒を前へ張り出させた庇と、その下の空間を指す。強い日差しと横なぐりの雨をしのぐための仕掛けで、多くの家では独立した柱が軒先を受ける。琉球村旧大城家住宅主屋では、東面と南面の雨端が土庇状につくられている。
登録基準は「造形の規範となっているもの」。沖縄の住宅がどう建てられていたかを示す標準例として評価された。個々の意匠が突出しているという理由ではない。
屋根の上の一対
屋根に据えられた2体のシーサーは、もとは大工の棟梁が屋根を葺いたあとに余った漆喰でこしらえたものだと恩納村の文化財解説は記す。口を開けた側と閉じた側が対になっており、開いているほうが魔物を追い、閉じているほうが福を逃さないと言い伝えられている。
王国時代、赤瓦の屋根を使えるのは首里の貴族と上級士族に限られていた。江戸期の建築でありながら赤瓦を葺き、敷地も広く取れているという事実そのものが、この家の来歴を裏づけている。明治12年(1879年)の廃藩置県のころの大城家は鹿児島などへ黒糖を送る商いで成功したとされ、家はその後の代でも維持された。
屋敷のまわりには囲いが巡る。フクギを植える家が多いなかで、琉球村旧大城家住宅主屋ではブーゲンビリアなど色の強い植物が使われている。
この家をどう見るか
琉球村旧大城家住宅主屋は座敷に上がって見学できる。東面と南面にまわり、雨端の下から軒の出と柱の立ち方を見ると、土庇状という言い方の意味がつかめる。座敷に入ったら天井を見上げたい。小屋組が隠されていないので、梁と桁の掛かり方がそのまま読める。
屋根のシーサーは地上から見上げる位置にある。逆光になりやすいので、午前中に東側から回り込むほうが輪郭が出る。園内は撮影可能である。
琉球村への行き方、営業時間、入場料は琉球村のページにまとめてある。建物の公開状況や園内の使い方は変わることがあるため、内部を見たい場合は当日の案内を確認するとよい。
Q&A
- 琉球村旧大城家住宅主屋はいつ建てられ、いつ移築されたのですか。
- 文化庁のデータベースでは江戸末期、西暦でいえば1830年から1867年ごろの建築とされます。昭和57年(1982年)に琉球村へ移築されました。それ以前に首里から糸満市兼城へ移された経緯もあります。
- 琉球村旧大城家住宅主屋は誰が建てた家ですか。
- 首里士族の与那原家が首里に建てた家です。琉球王府の大臣職を務めた家柄で、のちに大城氏の所有となりました。
- 琉球村旧大城家住宅主屋の内部に入ることはできますか。
- 琉球村の入場料の範囲で座敷まで上がって見学できます。園内は撮影も可能です。公開の扱いは変わることがあるため、当日の案内をご確認ください。
- 琉球村旧大城家住宅主屋の大きさはどれくらいですか。
- 桁行12.7メートル、梁間6.4メートル、建築面積102平方メートルの木造平屋建です。一番座と二番座はそれぞれ約9.95平方メートルあります。
- 琉球村旧大城家住宅主屋はなぜ登録有形文化財になったのですか。
- 「造形の規範となっているもの」という基準で登録されました。寄棟造に赤瓦を葺き、東面と南面の雨端を土庇状とする造りが、沖縄の住宅建築の標準例として評価されています。
基本情報
| 名称 | 琉球村旧大城家住宅主屋(りゅうきゅうむらきゅうおおしろけじゅうたくしゅおく) |
|---|---|
| 所在地 | 沖縄県国頭郡恩納村字山田1130(琉球村内) |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号47-0030 |
| 指定年 | 平成19年(2007年)5月15日登録、5月29日告示 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積102平方メートル(桁行12.7メートル、梁間6.4メートル) |
| 所有者 | 多幸山株式会社 |
| 公開状況 | 琉球村の入場料により見学可(9時30分から17時、最終受付16時、年中無休) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) 琉球村旧大城家住宅主屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006118
- 日本文化財情報サイト 旧大城家住宅主屋
- https://onna.hiddenheritage.jp/4
- 琉球村 旧大城家
- https://www.ryukyumura.co.jp/facilities/ooshiro/
- 琉球村 施設情報
- https://www.ryukyumura.co.jp/information/
最終更新日: 2026.09.13