孝子越街道に南面する大正15年の銭湯
旧朝日湯は、大阪府泉佐野市元町にある大正15年(1926年)建築の木造平屋建の銭湯建築で、令和6年(2024年)8月15日に国の登録有形文化財に登録された。和歌山へ抜ける孝子越街道に南面して建ち、南海本線泉佐野駅からは北西へ歩いて10分ほどの位置にある。
銭湯の平面には型がある。この建物はその型を崩さずに残している。街道側から入ると脱衣場。屋根は片入母屋造、平入の桟瓦葺で、庇の中央を切り上げて入口を示す構えとする。その北に浴室棟が2棟、いずれも切妻造妻入の桟瓦葺で並び、さらに北に土間の釜場が接続する。湯を沸かす場所を建物の最奥に置き、脱衣場、浴室、釜場を南から北へ一直線に通す配置である。
浴室が2棟あるのは男女別だからだ。西浴室は女湯にあたる。床の中央には御影石製の大浴槽がそのまま残り、その上に漆喰のヴォールト天井が架かる。半円筒形のこの天井は、大正期の日本の職人が西洋の教会堂や停車場から借りてきた形式である。近隣の共同浴場に、ささやかならぬ格式を与えるための選択だった。文化庁の登録データベースはこの構成を「豪華なつくりの和洋折衷の銭湯」と評している。
建築面積は213平方メートル。設計者・施工者はいずれも記録に残っていない。朝日湯そのものは明治期から営業していたとも伝わり、現存する木造の主要部は大正後期から昭和初期にかけてのものと考えられている。建築史家の吉田鋼市は、平成7年(1995年)の阪神・淡路大震災以降に営業を終えたと記す。
令和6年登録が評価したもの
文化審議会の答申は令和6年3月15日、官報告示による正式な登録は同年8月15日である。登録番号は27-0913、第107回の登録にあたる。適用された登録基準は「造形の規範となっているもの」。景観への寄与ではなく、意匠そのものの規範性を認めた判断である。この登録により、泉佐野市内の登録有形文化財は8か所となった。
登録と指定の違いは押さえておきたい。重要文化財への指定が現状変更に強い制約を課すのに対し、平成8年に創設された登録有形文化財の制度は、民間所有で使われ続けている建物を想定する。大きな改変の前に届け出れば足り、税制上の優遇と技術的助言が与えられる。地方都市の廃業した銭湯という物件は、この制度が本来対象としてきた領域のど真ん中にある。
評価の眼目は完全性だろう。共同浴場はかつてどの町内にもあった生活基盤であり、ありふれていたがゆえに、惜しまれることなく建て替えられてきた。脱衣場、対をなす浴室2棟、釜場という一連の構成が本来の位置関係のまま残る例は多くない。
加えて、御影石の浴槽と漆喰のヴォールトである。家庭内風呂が普及しはじめる時代を前に、地方の一浴場経営者が建築的な効果に費用を割いたことを、この二つが示している。大正末から昭和初期の銭湯が、単なる衛生施設ではなく、客を集めるための場所として設計されていたことの手掛かりでもある。
市の事務所とシアタールームという転用
旧朝日湯は、登録有形文化財のなかでも特異な位置にある。行政の一部署がこの建物の中で日常業務を行っているからだ。令和4年(2022年)10月に竣工した内部改修が、建物を二つの用途に分けた。
男湯であった東浴室は、泉佐野市教育委員会文化財保護課の事務所となり、同年11月に移転してきた。女湯であった西浴室は大型スクリーンの投影設備を備えたレンタルスペースとなり、一般社団法人バリュー・リノベーションズ・さのが「COZY ROOM “ASAHI”遊」の名称で運営している。大正15年のヴォールト天井の下、御影石の浴槽が残る床で映像を観るという体験は、専用に設計された映画館では得られない。改修設計はらいおん建築事務所の嶋田洋平、施工は昭和工務店とされる。
この体制は見学の仕方を規定する。ここは博物館ではなく執務中の事務所であり、受付窓口も定時のガイドツアーもない。文化財保護課の開庁時間はおおむね平日8時45分から17時15分まで、土曜・日曜・祝日は閉庁である。内部を見たい場合は事前に同課へ電話し、日時を調整してから訪ねることになる。街道側から見る外観、すなわち切り上げられた庇と2棟の浴室棟の瓦屋根については、事前の連絡なしにいつでも眺められる。
西浴室のレンタル利用は市ではなくバリュー・リノベーションズ・さのの取り扱いで、問い合わせ先が異なる。空き状況は予約の入り具合次第となる。
行程を組むなら付け加えておきたい点がある。泉佐野には登録有形文化財の旧銭湯がもう一件、大将軍湯が徒歩圏に残り、町家を公開する泉佐野ふるさと町屋館も近い。市はこれらと現役の共同浴場・温泉を結ぶ湯めぐりの企画を実施しており、半日を歩いて回る枠組みとして無理がない。なお登録原簿の所在地表記は地番の元町4535-1、事務所が用いる住居表示は元町4-5で、いずれも同一の建物を指す。
Q&A
- 旧朝日湯の内部は見学できますか。
- 事前予約制で見学できます。建物内には泉佐野市教育委員会文化財保護課が入っており、開庁は平日おおむね8時45分から17時15分、土日祝は閉庁です。内部見学を希望する場合は同課へ事前に電話連絡してください。外観は街道側からいつでも見られます。
- 旧朝日湯は今も入浴できる銭湯ですか。
- 入浴営業は終了しています。令和4年の内部改修により、東浴室(旧男湯)は市の事務所、西浴室(旧女湯)は投影設備を備えたレンタルスペース「COZY ROOM “ASAHI”遊」として使われています。
- 旧朝日湯へのアクセスを教えてください。
- 南海本線泉佐野駅から北西へ徒歩10分ほどです。関西国際空港からは南海線で泉佐野駅まで10分程度、そこから徒歩となります。建物は孝子越街道に南面しています。
- 旧朝日湯で最も注目すべき箇所はどこですか。
- 西浴室です。床の中央に御影石製の大浴槽が残り、その上に漆喰のヴォールト天井が架かります。和式の共同浴場に洋風の半円筒天井を重ねたこの構成を、文化庁も解説文で真っ先に挙げています。
- 旧朝日湯はいつ、どの区分で登録されたのですか。
- 令和6年3月15日の文化審議会答申を経て、同年8月15日の官報告示により登録有形文化財(建造物)となりました。登録番号は27-0913です。重要文化財の「指定」とは別制度で、使い続けることを前提とした軽度の保護措置にあたります。
基本情報
| 名称 | 旧朝日湯(きゅうあさひゆ) |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府泉佐野市元町4535-1(住居表示:元町4-5) |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号27-0913 |
| 指定年 | 令和6年(2024年)8月15日登録(第107回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積213平方メートル |
| 所有者 | 国の登録原簿に記載なし |
| 公開状況 | 外観は常時見学可。内部は泉佐野市教育委員会文化財保護課への事前予約制(平日のみ、土日祝閉庁) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)— 旧朝日湯
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015042
- 文化遺産オンライン — 旧朝日湯
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/613060
- 文化庁 — 令和6年3月15日 文化審議会答申(登録有形文化財の登録)PDF
- https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/94020801_02.pdf
- バリュー・リノベーションズ・さの — COZY ROOM “ASAHI”遊
- https://vr-sano.com/cozyroomasahiyu/
- 王国社 — 吉田鋼市『現代建築保存活用の冒険』紹介ページ
- https://www.okokusha.com/products-52
最終更新日: 2026.08.20