萩原家住宅木綿蔵とは

萩原家住宅木綿蔵は、大阪府八尾市恩智中町三丁目にある江戸後期(1751〜1830年)建築の旧商品蔵で、令和元年(2019年)9月10日に国の登録有形文化財に登録された。土蔵造2階建の瓦葺で、建築面積は30平方メートルある。

屋敷の北辺、主屋の背後に南を向いて建つ。河内木綿の問屋だった萩原家が商品を納めた蔵で、萩原家は主屋から見た方角(西北)にちなんで「乾蔵」とも呼ぶ。茶吉庵は築280年と紹介しているが、文化庁の登録では江戸後期(1751〜1830年)の建築とされている。

道に向けた北面の舟板

萩原家住宅木綿蔵の屋根は切妻造の本瓦葺で、正面(南)には壁のない吹放しの下屋を付けている。外壁は漆喰塗で、軒下に鉢巻を2段廻す。

道路に面した北面には、古い舟の板(舟板)を横に使って張っている。中庭から見る南の正面は白い漆喰と下屋、道から見る北の背面は舟板と、表と裏で顔が違う蔵である。

巽蔵の鉢巻は3段、この木綿蔵は2段で、同じ江戸後期の蔵でも仕上げに差がある。

登梁の小屋組

萩原家住宅木綿蔵の内部は、1階・2階とも板敷である。屋根を支える小屋組には登梁を用いている。

登梁は、屋根の勾配に沿って斜めに梁を架ける組み方で、2階の頭上に空間をとりやすい。商品の木綿を上下2つの階に納めた蔵にとって、上階の使いやすさには意味があったと考えられる。

萩原家住宅木綿蔵が登録された理由と、その後

萩原家住宅木綿蔵は、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁の解説は、この蔵が高野街道沿いの商家の伝統的な屋敷構えをつくっていると述べる。米蔵とL字形に連なり、主屋の背後を固める位置にあることが、その評価の中心にある。

萩原家の再生年表では、令和2年(2020年)に木綿蔵の改修が終わり、「蔵サロン」として使われ始めた。ただし茶吉庵のトップページでは蔵サロンを米蔵の改装としており、どちらの蔵を指すのか公式の記述がそろっていない。近年は木綿蔵の屋根の大規模な葺き替え工事も行われた。

萩原家住宅木綿蔵の見学

萩原家住宅木綿蔵を見学するための公開日は設けられていない(2026年9月確認)。舟板を張った北面は道路に面しているので、外から見ることができる。

南の正面と吹放しの下屋は中庭に向いており、茶吉庵の営業時に中庭の側から眺められる。撮影の決まりは公開されていないため、敷地内ではその場で尋ねるとよい。行き方は萩原家住宅(八尾市)のページにまとめてある。

Q&A

Q萩原家住宅木綿蔵はいつ建てられましたか?
A文化庁の登録では江戸後期(1751〜1830年)の建築です。茶吉庵は築280年と紹介しています。
Q萩原家住宅木綿蔵は何に使われていた蔵ですか?
A河内木綿の問屋だった萩原家が商品を納めた蔵です。萩原家は「乾蔵」とも呼んでいます。
Q萩原家住宅木綿蔵の見どころはどこですか?
A道路に面した北面の舟板張りと、中庭に向く南面の吹放しの下屋、軒下に2段廻る鉢巻です。
Q萩原家住宅木綿蔵が登録有形文化財になったのはいつですか?
A令和元年(2019年)9月10日です。「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されました。
Q萩原家住宅木綿蔵は見学できますか?
A見学のための公開日はありません(2026年9月確認)。道路に面した北面は外から見られ、中庭側の正面は茶吉庵の営業時に見られます。

基本情報

名称萩原家住宅木綿蔵
所在地大阪府八尾市恩智中町3丁目1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和元年(2019年)登録
員数1棟
寸法建築面積30㎡(土蔵造2階建)
所有者文化庁データベースでは空欄(萩原家が「茶吉庵」として運営)
公開状況見学の公開日なし(北面は道路から見られる)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「萩原家住宅木綿蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012966
文化遺産オンライン「萩原家住宅木綿蔵」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/443276
八尾市「萩原家住宅(恩智中町三丁目) 国登録有形文化財(建造物)に」
https://www.city.yao.osaka.jp/bunka_sports_event/bunka_geijutsu_reikishi/1011330/1011376/1011380.html
茶吉庵「茶吉庵について」
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最終更新日: 2026.09.30